【ショートストーリー】東京

「あんな、ウチな、大人んなったら東京行くねん」

わたしは、ここが嫌いでした。はやく東京に逃げ出したいと思っていました。都会のすぐそばに住宅街があって、狭っ苦しくて。

「なんや、1人でおつかいか。えらいやん」
「え、あ、はい……」
「そうやんな、知らんおばちゃんに急に声かけられたら緊張するわな。ごめんなぁ」
「あ、ううん……」

わたしは、こういうところが嫌いでした。急になれなれしく話しかけられたりとか、嫌なだけなのに緊張してるって言われたりとか。そういうところ。

「お母さん、ウチ、東京の大学行きたい!」
「何言ってんのあんた、家にそんなお金ありません。学費出すのでもギリギリやのに、東京の高い家賃とか払えるわけないやん」

だから、大学は地元から通った。奨学金はただの借金だから、借りたら大変なんだって、ね。なんか、言いくるめられた気がする。

「そうですね、親戚はだいたいこちらの方に住んでいます。わたしもここから1時間もかからないぐらいの実家に住んでいます」
「じゃあ、こっちの方で仕事をする支障はなさそうですね」
「え……」

面接官の提案って、ぜんぶ受け入れないといけないんだってね。東京に行きたかったのに。しかも、事務職は転勤しないらしいし。

「あのさ…あのさ、結婚……しよう」
「……うん、お願い……します」

東京、行けなかった。彼はこっちの人だし、ここで仕事してるし、ぜんぶの関係がこっち。だから、東京、行けない。

「あら、元気な女の子ですよ!おめでとうございます!」

大学でも、就職でも、結婚でも、東京に行けなかった。ずっと。ここ。出て行きたいのに。今も。でも、もう。

「あのね、お母さん、わたしね、大きくなったら、東京に住むの!」
「え……うん……そうなんだ……東京で何したいの?」

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