ビートルズ側近マルの本⑩
【スピリチュアル・ビートルズ】オーストラリアのアデレードでは20万人以上もの人たちが町の中心地に数珠つながりになっていた。さらに30万人がシティタウンでビートルズを出迎えたのだ。
元「デイリー・エクスプレス」紙の記者デレク・テイラーが、前任のプレス担当のサマービルがやめた後にその職に就いていた。サマービルはパリで辞任した。デレクはエプスタインのゴーストライターとして彼の自伝「A Cellerful of Noise」を書いたことがあった。
デレクは、ビートルズを出迎えるオーストラリアの人々のフィーバーぶりに驚いていた。空港に着くたびにあたかもドゴール将軍が来たのかと思うほどだったとデレクは書いたぐらいだ。
病んだ人たちがビートルズの車に向かってきた。そうした人たちはビートルズのメンバーに触れることで病が治ると思っているかのようだった。また孫を連れた女性たちもいて、救世主の到来を見ているようだった。
一方、ローディ―のマル・エバンスはリンゴの代役ドラマー、ジミー・ニコルとシドニーのナイトライフを楽しんでいた。
ロンドンでの健康チェックにパスしたリンゴが復帰することになった。ブライアンに付き添われたリンゴは1964年6月15日、メルボルンに到着した。ジミーにとってはロードの終わりを意味した。
メルボルン最後のナイトライフを楽しむため、ジミーは車を借りてホテルを抜け出して近くのパブで飲んでいた。これはブライアンが発した夜間外出禁止令違反だった。30分も経たないうちにマルとデレクがやって来た。
マルは前の晩、ジミーと夜の街に繰り出したのにもかかわらず、ブライアンが戻ったから、マルの態度は豹変したのだった。
ブライアンがツアーに戻ってから雰囲気がガラッと変わった。数年後、ジョンはビートルズのツアーをフェリーニの「サテリコン」になぞらえたことがある。そう、性的に堕落したファンタジアだったと。
オーストラリアのツアーマネージャー、ロイド・ラベンスクロールは、ビートルズのメンバーの部屋には女の子達がいたことを認めている。マルも女の子を見る目があるので、それを手伝っていた。
ビートルズは6月18日にシドニーに戻った。マルはそこでユーニス・ヘインズという幼馴染と再会した。ユーニスはマルがシドニーにいることを知り、連絡してきた。彼女は今は夫とシドニーで暮らしていた。
マルはユーニスと会っている最中、ずっとドアを開けたままにしていた。怪しい人が入ってきても気が付くようにということだった。しばらくすると緊急ドアが開いた。2人の若者がドアを抜けて階段を上がって来たのだった。マルは立ち上がって「さあ、行くぞ」と言った。
彼女たちはビートルズに会わせてほしいと懇願した。でもマルは丁寧に、しかしきっぱりと断った。「ごめんなさい、お嬢さん。君たちを入れることは出来ないんだよ」。
次にユーニスが見たのは、表の通りの端から端まで、叫んだり手を振ったりする人たちでいっぱいの光景だった。通りの向こう側にはシェブロン・ヒルトン・ホテルがあったのだが、窓という窓には外を覗く顔、顔、顔。
あとで分かったのはツアーのオープニング・アクトの一組である「サウンズ・インコーポレイテッド」がビートルズのスイートのすぐ下を占拠していた。マルはユーニスを下に連れて行って、こう言ったという。「何から何まで僕らが来る前にすでにアレンジされてるんだ」。
マルは自由時間をほとんど観光にあてていた。ブリスベンに行く途中、ローン・パイン・コアラベア・サンクチュアリに立ち寄った。そこではコアラの写真を撮ったり抱いたりすることが出来た。
次のニュージーランドではこんなこともあった。キャデラックが泊まる予定のオークランドホテルの手前30フィートで動けなくなってしまった。マル、ニールともう一人で、ビートルズを車の中に閉じ込めたまま、車をファンたちと闘いながら、ホテルの駐車場まで押していった。
200人ほどのファンたちが一緒に駐車場になだれ込んできた。そのため、ニールとマルが彼ら彼女らを一人一人外に出さなければならなかった。その合間にビートルズはそれぞれのホテルの部屋へと逃げ込んだ。
6月23日に事件は起こった。公式な記録では、20歳の女性ファンがホテルに入り込み、ビートルズのスイートに行けないと分かると、マルの部屋でリストカットしてしまった。警察は窓越しにその女性を見つけてドアのカギを壊して侵入。彼女は病院に運ばれたが、翌日には退院した。
PR担当のデレクはビートルズが国際的なセックススキャンダルに巻き込まれないかと心配していたが、地元マスコミがその事件を書きたてた。
見出しは「Girl Tries to Die for Beatles」(女の子はビートルズのために死のうとした)だった。
ジョージの記憶はちょっと違っている。彼によると、サウンズ・インコーポレイテッドのドラマーが女の子を連れていて彼がパブに行っている時に彼の部屋でリストカットしたという。
とにかく、デレクはその報道でパニック状態になった。
のちにレーベンスコウクロフトとDJのボブ・ロジャースが、その記事を急いで仕立て上げたのだという。ロジャーによれば、女性は実際は20代半ばで女優で歌手のアンジェラ・ランズベリーにそっくりだったという。
彼女はビートルズに会いに来たものの結局、サウンズ・インコーポレイテッドのメンバーとともになって、彼がビートルズのところへは連れて行けないと告げると彼女はヒステリーを起こしたのだという。
そして彼がステージに立っている間に、部屋の鍵を閉めて、シャンパンの瓶を割ってリストカットしたのだという。
友人のユーニスと会っていたマルは真夜中の2時にホテルに帰って自分の泊まっているフロアにエレベーターで行き降りると、たくさんの警官と刑事に出迎えられた。彼らはマルをエスコートして部屋に向かった。
ドアを恐る恐る開けると、マルの部屋のバスルームとベッドルームは血まみれだった。そう彼らはマルの部屋に入っていたのだ。
マルが第一の容疑者だった。でもアリバイがあった。彼はユーニスの家で彼女の母親も交えてお茶をしていたというアリバイだった。
そうこうしているうちにオセアニア・ツアーは終了したのだった。
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