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在宅介護を行う友人の手助けになった出来事

人は必要なことのために経験値を増やしていくのかなと思った出来事でした。

在宅介護を経験した後から、介護している人、在宅介護を始めたい人の話を聞く機会が増えました。
全く同じ状況にすることは不可能ですが、試行錯誤して改良していったことをお伝えすることができるし、ケアマネさんや介護用品の会社など自分たちがお世話になってとてもよくしてもらったため、すぐに紹介することもできました。

ケアマネさんや介護用品の方、それから訪問看護の方々の対応は、心細い素人にとってはとても重要な存在です。
介護されている側の母にとっても、訪問看護の方との日々の会話や介護の仕方は安心材料のひとつだったと思います。

家族に負担をかけていると思ってしまっている患者さんも多いと思いますが、週に何度か訪れてくださる先生や看護師の方がいるおかげで、外の人との交流も増え、季節の話や天気の話など、毎日のことで会話が少なくなった家族間にも会話の潤いが生まれ、健全な状態を保つことができました。

そういった意味でいい先生や看護師さんがいる病院を選ぶことは、介護される人にもする人にも、心のゆとりをもたらしてくれます。

私たちは自分たちで探したところではなかったにも関わらず、関わって下さった方全員がとても親身で丁寧で、その対応に何度救われたかわかりません。

母が亡くなった日、当直担当の看護師の方は母が大好きだった担当看護師さんでした。私たちはそれも母が最期に望んだことなんだろうなと思いました。
その看護師の方は「よくあることなんです実は」と教えてくださいました。患者さんが亡くなる日に担当看護師が出勤していることは珍しくないそうです。
その看護師さんも母のことをいつもとても天使のような可愛らしい患者さんだと言ってくれていました。わたしも最期にお会いできてよかったです、ともおっしゃってくださいました。

母が望んだような最期になったかどうかはもう聞けないので分からないけれど、今介護をされてて辛くなる時は、いつでも呼んでくださいと言ってくれる訪問看護の病院をお探しすることをお勧めします。

最後に亡くなって綺麗にしてもらった母を前に泣く私たち姉妹に、お母さん喜んでたと思いますよって、お母様の分まで元気に生きてくださいね、と声をかけてくださった看護師さん、その表情や言葉に本当に救われました。

一つ一つの当たり前の日常が、次の誰かの手助けになっているんだなと、経験していくことを無駄にしないように、しっかり誰かの役に立っていけたらいいなと思った出来事でした。