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それで穴に落ちて死んだとしても《140字小説:2024年5月分》

 X(旧ツイッター)で書いた140字小説をまとめたものです。


月明かりに照らされての家路。今日の夕食は月見カレーにしよう。しかし冷蔵庫には卵が一つもない。仕方がないので、夜空の満月を取ってきて、卵の代わりにした。帰ってきた妻が卵になった月を食べながら「美味しいね」と笑顔を作る。テレビのニュースが騒がしいけれど、そんなことはどうでも良かった。
『月身カレー』


ケセランパセランを捕まえて、牛乳瓶で飼っていたのだけれど、お姉ちゃんが「蒲公英だよ」と意地悪を言う。どうやら本当で、僅かに残っていた土から芽が出ていた。いつしか花をつけ、綿毛になった。外で瓶の口を揺すると、するすると飛び出して空一面に広がった。やっぱりケセランパセランだと思った。
『ケセランパセラン』


憧れのあの人の部屋で、あの人が好きなラベンダーの練り香水を身体に練り込む。香りを纏って、塗り込むたびに皮膚がぽとぽとと花弁になって、ついに体はなくなった。帰ってきたあの人が床に散らばる花弁を集めて、混ぜて絵の具にして絵画に塗りこんだ。初めて入ったあの人の部屋で一緒にいられるのよ。
『香りを纏う部屋』


海底の市場ではグロテスクな深海魚達が出店を並べている。ある深海魚の店では人間を絵描いた画集が売っていて、人間の多種多様な性格を紹介していた。この世の胸糞悪さを煮凝りにしたような人間が描かれていて、でも実際にいるんだよなぁと呟くと、「こんなグロい奴、実際するの?」と心底引いていた。
『海底市場の人間』


宅配業者の人員不足が深刻化し人々が荷物が届かない。「今こそ伝書鳩を復活させよう。ドローンは金がかかる。鳩なら人件費もかからない」「荷物が重いものは運べないのでは?」「大量の鳩を用意しよう」「多くの鳩が言うことを聞くでしょうか」「それでは、多くの鳩を躾けるための人員を募集しよう!」
『宅配業者の人員不足』


いくら走り梅雨とは言えど、雨が細かすぎやしないか。細かい粒がふよふよ漂いまるで霧吹き。雨の支配者に伝えると、「紫陽花が綺麗に育つよう水やりしているのだよ。最初から与えすぎると根崩れしちゃうだろう」それなら仕方ない。「でも台風は困ってしまうね」と言う。さて、今度は風神に連絡するか。
『走り梅雨時の連絡』


電力会社を名乗るのでドアを開けると「Wi-Fiが通りやすくなりました」と言われ、どういうことかと素直に聞けば、新規Wi-Fiの勧誘だった。今日も知らない訪問が来た。そうだ、真っ先に「名刺をくれ」と言ってやろう。「近くに幸福が通りやすくなりました」「宗教?」「Wi-Fiです」「…詳しく聞こうか」
『通りやすくなりました』


異世界に行きたいとは常々思っているのだが、近頃は車に跳ねられたり、企業で過労死したりと生まれ直しが必要だと聞く。そんなことはまっぴらごめん。この世界以外であれば、どんなとんちんかんな世界であっても構わない。だから私は今日とてウサギ穴を探してまわる。それで穴に落ちて死んだとしても。
『異世界を探す』


紫陽花の蕾が色づいたが、すぐ側に昨年のものが枯れたベージュの花塊でいくつも残っている。色合いが悪い、客足が遠のく、処理しろと命令が出た。夜中に切り落として、紫陽花参道をベージュに染めた。上司にはこの美しさが理解できず、僕は仕事を首になった。また夜中に首を落とさなければやるせない。
『美しき紫陽花、首を断つ』


 以下からは、かなり以前に書いたものです。


月明かりに導かれて、月の元に向かうも、辿り着くやいなや男はぱくりと月に食べられてしまった。ばかな奴だね。月に騙されているとも知らないで。月はいつだって、最初から嘘つきだっていうのにさ。
ああやって、人を誘き寄せては、向こうの住人にして。月末の、夜の仲間に加えようとしているのにさ。
『ハンターズムーン』


卒業式。憧れの人に制服の第二ボタンをもらう風習。
母は当時好きだった先輩に貰ったと話していた。今もその風習は残っているだろうか。
「第二ボタン欲しいです! ずっと憧れでした!」
まさか僕のを求める人がいるとは。これは真摯に返さなければ。
「こちらの品は即購入可です。購入手続きへどうぞ」
『第二ボタン』


大きな足音で目が覚めた。窓がガタガタと何度も音を立てている。上か隣の部屋の住人だろうか。確定出来なかったので、窓から大声で「うるさい!」と叫んだ。すると玄関の郵便受けからコトンと音がした。見ると手紙が入っている。文面には、
「足音が煩くてごめんなさい! もうしばらく続きます。春より」
『春の足音』


運転していた車のタイヤから軌跡を描く鮮やかな紅が、確実に人を殺めたことを物語っている。しかしその血の主が何処にも見当たらない。焦って探しているとどこかから声がした。
「ご安心下さい。彼は身体ごと異世界へ転生しました」
運のない。楽しみにしていた屍体が見られなかったじゃないか!
『運のない運転手』


この冒険者を殺めた理由? 彼が前世の異世界の記憶がある者だったから。
私の前世は聖人の如く素晴らしいもの故に神に選ばれた。この者は人手不足というだけ。異世界からの転生者は私のような者のはず。
貴方もでしょう? 貴方はどんな善き行いをして神に選ばれたのですか? 
さあ早く。早く教えて下さい。
『異世界転生者の条件』


ゲーム売り場に貴族のような服を着た子がいて、ギョッとして見続けちゃったわけ。視線に気づいたのか近づいてきて、自分は乙女ゲームの悪役令嬢に転生した元日本人で、何か拍子でこの世界に戻ったから処刑フラグ回避方法を探しているって言い始めてさ。
ん?だから今話しているだろ。それが今の嫁さん。
『悪役令嬢フラグ』


同僚に怖い話をしたらホラーハラスメントだと言われた。ハラスメントというなら、訴えでもしてみればいいと返した。翌日上司に呼び出され厳重注意をされた。社長がホラー嫌いらしいと。阿保くさくなって転職を決意した。
「次の転職先の条件はありますか?」
「社長がホラー好きな会社でお願いします」
『ホラーハラスメント』


「私はランプの魔人。そなたの願いを3つ叶えよう。さあ願いを言うが良い」
「私を絶世の美女にして!」
「確認だが、それは我基準の美人と捉えて良いのだな?」
「待って。あなたの美人の基準を教えて!」
「それは願いの一つとしてカウントするぞ?」
「待って!」
「さて、あと一つだ」
「待って!」
『3つの願い』


裁判長、妻は私の物を無断で他人に売った極悪人。夫婦と言えど犯罪のはず。
「この場合、仕方がないのでは」
聞いて下さい。説明しましょうーー。
「……なるほど。それは重罪だ。地獄行き!」
さすが閻魔様。それで売られた私の日記を回収したいのですが。
「それは駄目」
私は天国にいて地獄が続く。
『天国で地獄』


10:55。寒くて布団から出られない。
「あと5分したら誰か俺を引っ張り出してくれ~」とSNSで呟く。
あっという間に時刻表示が11:00になった。5分経った、そう思った途端に布団から引きずり出された。一人暮らしなのに。
「霊だ!」
それに対しリプライがきた。
「やってやったのに、礼くらい言んのか?」
『レイ』


通信会社を装った詐欺メールを送る。
「更新手続きをして下さい。違約金が発生します」
適当に送ったアドレスから返信が来た。
「あの…何かの間違いでは?」
しめしめ。
「確認のためご住所を教えて頂けますか?」
「はい。えっと……鬼ヶ島の赤鬼と申しまして。英雄さんには登録できないはずなんですが…」
『詐欺メール』


ハロウィンに友達と一緒に近所の家を周った。僕の家は母ちゃんがお菓子の詰め合わせを渡してきた。次の日、「ちゃんと6人で分けた?」と母ちゃん。ベタだなあ。あのときは5人。
「居て欲しかったな……」と呟く母ちゃん。僕はハッとして、「分けたよ! そうだよね? 兄ちゃん!」と仏壇に向かって言った。
『ハロウィンの夜』


戦隊モノも美少女戦士も、やはり5色以上が人気。そして個性あるキャラ立ちが必須。今後はそのようにしてもらいたいーー我が社にそのような要請がきた。念入な会議の末、子供達の前で披露。が、翌年中止令がきた。
何が悪かったのかと思い返す。
「わしはサンタピンク!お色気担当!偶に贅肉がポロリよ」
『戦士の要望』


「プロポーズの言葉って何だった?」
「『貴方と恵方巻きが食べたい』だったかな」
「節分にプロポーズされたの?」
「ちょうどその年炒った豆を用意し忘れていてね。家に入って来ちゃってさ」
「あんたの旦那ってもしかして……」
「気づいてなかったの?」
「だから年中、虎のパンツ一丁だったのか」
『プロポーズの言葉』


ホワイトで有名な企業が炎上した。
「何をしたんだ?」
「社員に無償残業させたそうだ」
「それだけで炎上?」
「ホワイトのイメージが強かったからな。この程度でも白羽の矢が立ったんだろう」
「なら俺たちの会社は安心だな」
「いつものことで済まされるからな」
いつもの時計が日付を越えた。
『安心な会社』


結婚してから3年。職場の上司が何気なく言った。「そろそろ子どもは? 確か子ども欲しがってたよね。作るなら早い方がいいよ!」私はただ笑顔だけを返した。
今月も私は婦人科へ。診察待ちの間いつのまにか頬には涙が流れていた。私を呼ぶ声がする。私は通い慣れた不妊治療の診察室へと歩を進めた。
『何気ない残酷』


『全部気のせい』〈280字〉
 コンビニの隣にあるコインランドリーの自動ドアが誰も通っていないのに勝手に開いた。5、6秒経ってから閉まったが、まあ気のせいだろう。

 夜の0時過ぎにコタツで目が覚めると、体が動かない。玄関で数人の話し声がしたと思ったら男が4人、列になり家に入ってきた。全員が一斉にこちらを向いて消えた。寝ぼけていたのか。まあ気のせいだろう。

 まだ動けずにいたら左手を強く掴まれた。握り返してやると手が離れた。その後体が動かすことが出来き、全身の凝りを解す。酒を飲んでいたし、まあ気のせいだろう。

 朝メールを開くとアプリ内課金の請求があった。万単位で。霊の仕業に違いない。絶対に許さん。


Xで140字を投稿しています。
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月町さおり:Xアカウント

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月町さおり

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