見出し画像

『海のピ』

 真昼間に浜辺を歩いていると、一人の老人が声をかけてきた。
「よそ者か。まだ海を見ていくか?」
「できれば、もう少し」
 老人は目を細めた。「海を見るなら、『ピ』に十分気をつけなさい」
「それは何ですか?」
 老人は何も言わずに何処かへ行ってしまった。

 老人の言った『ピ』とは何だろう。何かの略か? ピラルク、ピラニア……どちらもこんなところにいるはずない。そうなると訛りだろうか。本当は『ひ』か『び』だった名称が次第に変わったか。じゃあもしかして『火』、他には……。

「おいっ!」
 突然の大声で我に帰ると、腰まで海水に浸かっていた。満ち潮だ。空は赤い夕日が水平線に吸い込まれている。何時間経っていたのだろう。
 声の主は漁師だった。「そこを動くな」と言いながら小舟で海から引き上げてくれた。
 日が落ち、海は黒くなった。海の中に何かが浮いているのが見えた。声をかけてきた老人だった。老人は恨めしそうな顔で、海の中に消えていった。


こちらに参加させて頂きました。


サポートしていただきました費用は小説やイラストを書く資料等に活用させていただきます。