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『イモムシの儚い夢』

「また来たのか」
 青々とした葉の上で、
 7〜8センチほどのイモムシが、
 年老いた声で問う。
「また来たの」
 アリスは答える。
「イモムシさんはずっと変わらないの?」
 アリスは問う。
「変わらない生き物などいない。
 私もいつか蝶になる」
 イモムシは空を見上げてこたえる。
「今と違う姿になること、怖くないの?」
 アリスは問う。
「怖くないといえば嘘になる」
 イモムシはこたえる。
「なぜそんなことを聞く」
 イモムシは問う。
「わたしは自分の姿が変わるのが、
 とても怖い。
 年々違う姿になっていく。
 だから、ここに来てしまう…」
 アリスは答える。
「どうしたら……。
 ここに来なくて済むかしら」
 アリスは問う。
「必要なのは、“心のゆたかさ”」
 イモムシはこたえる。
「それって何?」
 アリスは問う。
「満たされた心のこと」
 イモムシはこたえる。
「どうすれば満たすことができるの?」
 アリスは問う。
「自分をありのまま受け入れること」
 イモムシは水タバコのパイプを吸って、煙を吐き出す。
「現実の世界でも、夢の中の世界でも、
 お前はお前。
 イモムシだろうが、蝶になろうが、
 私は私。
 それを受け止め、自分を知り、
 そのできる範囲で生きていく」
 イモムシはこたえる。
「自分を知るのは怖いわ」
 アリスは答える。
「自分を知らないものに、道は見えない」
 イモムシがこたえる。
「……それができたら、
 ここには来ていない」
 アリスはうつむきながら、そのままどこかへ歩いていった。
「……またいつでも来なさい」
 イモムシは応える。
 これしか言えない自分を、
 また知りながら。

 イモムシは知っている。
 自分が蝶になるときは、
 自分が死ぬ時なのだろうということを。
 生きものが本当に変わる時は、
 生命が終わる瞬間なのだということを。
 それまでいかに自分と向き合い、
 心を満たしていくか。
 それが、“ゆたかに生きる”
 ということなのだと。
 そうだとするとゆたかさとは、
 とても幸福で、
 はかなく、辛い道をあるくこと、
 なのかもしれない。

 午後のとても美しい日差しの中で、イモムシはそんなことを考え、
 
 やがて、目を閉じた。

おしまい。

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