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丸くしすぎて底が抜けないようにね《140字小説:2024年6月分①》

X(旧ツイッター)で書いた140字小説をまとめたものです。


空と海が逆転してしまったので、漁師はパイロットの免許が必要になったし、高級魚をとるためには宇宙飛行士の免許が必要になった。潜水艦にプロペラがついたし、ダイビングの資格代で世界旅行を三周出来る。天気予報のマークには魚だとか鳥だとかが描かれるようになったし、空に身投げする人が増えた。
『空と海が逆転してしまったので』


毎晩サキュバスに悩まされていることを、エクソシストである妻に告白した。妻は嫌悪しつつも祓いの儀式をしてくれた。「まさか誘惑してくる姿が…」と顔を赤らめた。サキュバスの姿は妻の姿だった。僕の愛を知り、妻は毎晩積極的になった。「君以外は愛せないよ」と囁く。「まだ気づいていないのか?」
『サキュバスの姿』


僕の妻は昔の迷信を気にする。夜に爪を切ってはならないとか、夜に口笛を吹いてはならないとか。そんな彼女はドライブ中、親指を隠すときがある。「それは霊柩車が通ったときだろ?」「さっきの車がそうだよ」そういえば最近は宮型霊柩車を見ない。他の車と見分けがつかないのに。妻はまた親指を隠す。
『霊柩車の迷信』


カヌー造りをした。先生は穏やかな老人だった。「もう少し底を丸くした方がいいですよ」「どうしてですか」「進むうちに傾いたり沈むこともあるでしょう。しかし根底が丸いことでまた上を向けるからです。ああ、でも丸くしすぎて底が抜けないようにね」と言って消えた。もう少し生きてみようと思った。
『カヌー造り』


閑散した田舎の商店街にデコイだけを売る店があった。窓越しに鴨やアヒルを模った物がずらりと並ぶ。剥製かとも思ったが、近くでまじまじと見れば彫刻痕がある。そのリアルさに圧倒され中に入った。「何故デコイだけを売っているのです」「珍しいでしょう」「ええ、珍しいです」「こうして釣るのです」
『デコイを売る店』


坂の車道を通っていた。先の歩道に一人の老婆が見えた。老婆は石段に腰を下ろし、車道を見つめていた。「坂道で疲れたのかな」と言うと助手席の妻が「ゆっくり走って」と言った。「乗せてあげられないよ」「あの人、選んでいるのよ」と言った。しばらくして、後方でクラクションとブレーキ音が響いた。
『選ぶ老婆』


「無知は罪であり、死に直結する」と食事会の席で有識者が答えた。「例えば、銀は毒で変色する、スズランや彼岸花には毒があるなど」しかし翌日、その者の悲報が届いた。死因は食事に混ぜられたスズランの毒が原因であった。彼の妻に尋ねると、「いくら有識でも、お台所は無知だったみたい」と語った。
『無知な有識者』


2XXX年。万能細胞は全ての臓器を作れるようになった。私の最愛の娘は体が弱かった。万能細胞で作られた、あらゆる臓器移植を受けた。腎、肺、腸、心臓。明日の脳移植で最後だ。「お父さん、私大丈夫かな」「当たり前だ。人格移植の準備もできている。心配するな」「ねえ、テセウスの船って知ってる?」
『娘の臓器移植とパラドクス』


空気中に音楽の痕跡が漂っていた。誰かがここで演奏をしていたのだろう。思い出した、今日は社内ホールでイベントがあったのだった。廊下まで余韻が漂っている。観たかったなあと思い耽っていると、休憩室から無愛想な課長が出てくるのが見えた。休憩室には鼻歌の痕跡があった。ああ、観たかったなあ。
『音楽の痕跡』


逢魔時に影がふたつ。男は少女を前から狙っていた。二人のうち、好みの方を選び連れ去った。「もう大丈夫だから」
警察は迷子の少女を保護した。不審者と接触したらしいが、目の前に現れただけで何もなかった。「一人でお話ししていて、何処かに行っちゃったの」「今後は一人きりで帰らないようにね」
『逢魔時に連れ去ったのは』


『人魚』と書かれた干物が売っていた。「運試しだよ」店主は言った。「当たりは一つだけ。ただの鯖だよ」
値段は300円。そのくらいの値段ならと俺たち5人、一つずつ買った。食べたことのない妙な味がした。しかし他の4人も同様の感想だ。なんだ全員外れか。店主は言った。「不老不死の仲間へようこそ」
『人魚の干物』


天井から赤子の泣き声がした。次の日には壁から聞こえた。その次は床下からだった。家は1階だ。流石に不可解だ。そして昨日は、我が家のタンスの中から聞こえた。中は何もいなかった。しかし過去に何もない物件だ。いったい何だというのか。気味が悪い。今日は何処から…
『おぎゃあ』
俺の耳の中だ。
『赤子の泣き声』


旅行のバスで隣に座っていた子が「雨女なの」と外を眺め呟いた。「わたし晴女だから大丈夫」と励ます。でもずっと曇りかしらと考えている間に目的地に着いた。雪が降り始めた。後ろの席から「私、雪女なの」と震える声がした。紫陽花の雪化粧、また見せてくれる?と言うと彼女は笑みを浮かべて消えた。
『旅行先の天候』


青空を見つめていると、薄い雲がぐるぐると渦を巻いて、それがとても龍に思えて、「龍みたいだなぁ」と思わず独り言。外側の先からにょろにょろと下りてきて、「どうして分かった」と言った。当てた褒美をやると言われたので、夏の暑さを如何にかしてと願った。その年の夏は予想より1℃だけ下がった。
『雲の龍』


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