『鴛鴦の憂鬱』
ある日、鴛鴦の雄が窓から訪ねてきた。
「番を探しております!」
「ここは人間の相談所ですよ」と断るが、
「いいじゃないですか! いいじゃないですか!」と聞かない。
仕方がないので話を聞くことにした。
鴛鴦は最近『オシドリ夫婦』という言葉があることを知った。
「仲睦まじい夫婦を例えていうのでしょう。何とも素晴らしい。このような素敵なことがあるでしょうか!」
「そうですね」
「しかし実際の自分たちは繁殖期毎に都度パートナーを変えているのです。何たることでしょうか。これはよくない!」
「良くないですね」
「名に恥じぬよう、生涯変わらず一緒にいられる番を探してはくれませんか?」
「ここには鴛鴦のメスの方の登録がありません」と断るが、
「いいじゃないですか。いいじゃないですか」と聞かない。
「どうか相談に乗って下さい」
「そうですね。鳥のことは鳥に聞くのがよいでしょうね」
「確かに!ではどの鳥に聞けばいいでしょうか」
「聞くところによると、コウノトリは生涯ずっと同じペアで過ごすらしいですよ」
「ほほう!ではコウノトリさんに話を聞きに行きます!」
「それがいいですね」
「コウノトリさんは子どもも運びますしね!」
「運びますしね」
そう言って鴛鴦は窓から去っていった。
「……」
窓は開けたままにしておいた。
しばらくすると、鴛鴦がまた窓から訪ねてきた。
「コウノトリから話は聞けたのですか?」
「『ペアを変える意味が分からない』と言われました」
「それはそうですね」
「シーズンが変わると、どの雌だったか分からなくなるのです」
「それは困りましたね」
「あと子どもは運ばないらしいです」
「おや、そうなのですか」
「それはシュバシコウ、らしいです」
「シュバシコウ」
「はい、シュバシコウ!」
「シュバシコウですか。そうなんですね」
「次はどうすればいいですか!」
「ここにはそういった鳥の皆様の登録がありません」と断るが、
「いいじゃないですか。いいじゃないですか」と聞かない。
「『屋烏之愛』という言葉があるそうですよ」
「どのような意味ですか?」
「好きな相手の家の屋根にとまる烏にまで愛情が湧くことから、愛情が深いことを表す言葉ですよ」
「素敵ですね!」
「そうですね」
「では烏さんに聞いてきます!」
「そうですね」
「烏さんは賢いですし!」
「賢いですよね」
そう言って鴛鴦は窓から去っていった。
た。
「……」
窓は開けたままにしておいた。
しばらくすると、鴛鴦がまた窓から訪ねてきた。
「烏さんはダメだしたでしょうか」
「『それに関しては、自分は関係ない』と言われました」
「そうですね」
「苦労しただけでした」
「苦労させてしまいましたか」
「他に参考になりそうな鳥はいないですか」
「『比翼の鳥』……」
「比翼の鳥とはどんな鳥ですか?」
「雄と雌が片方ずつしか羽のない必ず雄雌一対でしか飛ぶことのできない鳥だそうです」
「比翼の鳥にはどこで会えますか」
「架空の鳥です」
「そうですか」
鴛鴦はしょんぼりと頭を下げた。「そうか、そうか」と呟くと、窓から去っていった。
もう本日はお越しならないような気がしたので、窓は閉めておいた。
次の日に、鴛鴦は扉から訪ねてきた。
「ありがとうございました。おかげさまで解決しました」
鴛鴦はゆらゆらと、体を揺らしながら頭を下げた。
「いえいえ、自分は何もしておりませんよ」
「いえいえ、あなたのおかげです」
「いえいえ。自分は本当に何もしていないですから。私は何もしていない、そうですね」
「そう言われると、そうかもしれないです」
「そうです」
「分かりました。それでは妻を待たせていますので。私はこれにて失礼します」
「そうですね。野良猫に食べられては大変ですからね」
「それは大変だ!!」
鴛鴦は急いで、しかしバランスが取れない身体を必死に揺らして、ひょこひょこと入ってきた扉から歩いて去っていった。
私は出ていくのを確認すると、扉を閉めた。
あのうるさい鴛鴦が訪ねてくることは、もう二度とない。
了
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