君のいる海
「どうだった富士山?」
「だめだぁ〜見えない」
「予報だと風が吹きそうだから見えるかも(^^)」
「さっきより見えてきたかなぁ、
寒くて寒くて、暖とりに車まで避難してきました〜」
「(^^)がんばれ〜、今日は一日海?」
「ありがとう、富士山次第です(^^)v」
6年前の2月28日、葉山の海に詳しい友人との、朝7時のLINE。
葉山の海が好きで、都内から海に出かけては砂浜にイルカを作ったり、
ドローンを飛ばして、砂浜に描いた絵を撮影していた友人は、
4年前に他界した。
SNSで30年ぶりに再会した時は、
学生時代、一緒に居酒屋でバイトをしていた頃の友人のままで、
あの頃のことがまるで、昨日のことのように思い出された。
「今、何してんの?」
「写真撮ってる。」
「結婚はしたの?」
「できなかった」
「何してんの?」
「とりあえずデザイナーかな。」
「結婚は?」
「とりあえず1回、息子がひとり。」
再会の時の会話も、なんだか昔のままだった。
ほんとに時間が経ったのかなぁ、私たち。
可笑しくなって笑ってしまった。
「今度仕事で、早朝の富士山を撮影しにいくんだ、葉山の海に。」
「しょっ中行ってるよ葉山なら。冬の海は綺麗だよ。」
「日の出は何時頃?」
「6時半かな?」
数日後、夜中の3時に世田谷から葉山の海へと撮影に向かった。
2月の海風は、顔に刺さるほど冷たかった。
「おはよー」
5時40分。友人からのLINEだった。
「おはよー(^^)/」
「運転気をつけてねってか、もう現場?」
「そうだよ。寒〜い。なんだか雲が、、富士山見えるかな。」
「雲か〜、晴れることを祈ってるよ。」
「サンキュー(^^)v」
「後で葉山で、ヘリ飛ばすよ!」
「じゃー行くわ。」
「んじゃ、砂遊びでもすっか(^^)」
「そうだね。」
50代の大人の会話も、過ぎたはずの時間を、
簡単に巻き戻されてしまうもの。
20代の頃の、あの時のように。
真っ暗な冬の海での撮影も、友人のLINEで温まることができた。
一緒に葉山の海で過ごす時間の中では、
私の屋号「ライトソース」の文字を、友人が竹箒で砂浜を走りながら、
大きく描くとドローンを飛ばして撮影した。
波が来ることを想定して描いたのか、
ちょうどドローンで撮影する頃には、
描いた文字の上を波がやって来て、いい絵が撮れた。
「さすがやね〜」
「砂浜に描くのは得意なんだ。なんちゃってデザイナーだからねぇ。」
しばらくして陽が傾くと、シーグラスを拾って歩いた。
ガラスの破片が、波に削られて出来たシーグラス。
葉山の海をビーチコーミングする友人が教えてくれた、海の宝石だった。
シーグラスを拾ったのは、初めてだった。
拾い上げて手のひらにのせると、
太陽にかざしながら、透かしてみた。
波が削ったガラスの輪郭は、とてもしなやかで、
なんとも言えない、しっとり感がたまらなかった。
海から生まれるものがある。
そんなことを思った。
「写真展やるんだけど、ポスターとか作ってくれる?」
ある日、友人に相談した。
「いいよ!タイトルとか教えてよ、作ってみるから。」
ふたつ返事で返ってきたLINEが、嬉しかった。
ハワイの写真とミュージシャンのライブフォト、
知り合いの紅茶屋さんの写真で開催する写真展、題して「P M T」。
写真と音楽と紅茶、それぞれの頭文字からとったPMTだった。
友人に伝えると、早速デザインがLINEで届く。
カメラとギターとティーカップの絵柄をマークにして、
顔のかたちにデザインされた、ユニークなポスターだった。
「いいじゃん!さすが〜なんちゃってだねぇ」
「だろっ!なんちゃってだからできるんだ(^^)v」
「心からサンキュー、なんちゃって。」
その半年後、友人からの電話で、
「あのさぁ、癌になっちゃったよ。
この間、母さんの葬式で久しぶりにネクタイなんかしたら、
首が太くなっててさ、おかしいなって診てもらったら、咽頭癌だって。」
「えっ、癌なの?」
「話すのちょっと辛いんだけど、電話しちゃった。」
「大丈夫?大丈夫じゃないよね、ちゃんと治して、いや治るよ絶対!」
突然の電話だった。
その時、友人のお母さんが、葉山の海に帰って行った話を聞いた。
あの海に、シーグラスの海に。
しばらくすると、知り合いから友人の訃報が届いた。
またそれも、突然の知らせだった。
通夜に行き、友人の遺影と目が合うと、
その光景がとても遠くに感じてしまうほど、ぼやけて見えた。
数日後、涙が止まらないほど泣いた。
何時間も何時間も。
半年ほど時が経ったある日、
知り合いからの電話で、友人が海に散骨されたことを知った。
奇しくもその日は、私の誕生日だった。
居ても立っても居られなくなり、
カメラを持って葉山へ向かうと、海の写真を撮った。
帰宅してパソコンに海の写真を映すと、
それが布のように見えて来るのが不思議だった。
「海を織る」
こんな海に包まれたい。
温かい布のような海に。
友人の顔が浮かんだ。
また会いに行くよ。
君のいる海に。
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