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【空間論3】ニュートン「絶対空間」

ルネサンス期をなると、コペルニクスの地動説やケプラーの天文学など自然科学の躍進を背景に、空間論が大きく転回します。アリストテレス以来、「空間」は物体とともにある有限なものと考えられてきましたが、ルネサンスの思想家達は1800年以上続いた空間論から解放され、「空間」は物体に先立つ均質無限なものと考えるようになります。この新しい考え方は、ニュートンの空間論「絶対空間」に引き継がれていきます。

ルネサンスの思想家たち

1543年、コペルニクスは『天球の回転について』で、宇宙の中心は太陽で、地球は他の惑星と共に太陽の周りを自転しながら公転している、という「地動説」を発表しました。地球を中心とする従来の天文学を覆し、宇宙や空間の捉え方が大きく変化していきます。

<クザーヌス>

その予兆は地動説発表の100年前、ニコラウス・クザーヌスにみられます。

クザーヌスはカトリックの枢機卿まで務めた神学者です。「無限」は我々の理解を超えており、無限という超越的なものが知の始まり、とクザーヌスは考えます。そして、あらゆる有限なものは、この無限を "縮減" したものにすぎず、被造物である宇宙も縮減された無限と考えます。

こうして、宇宙には独自の無限が与えられ、「絶対的な神の無限」と「縮減された宇宙の無限」が両立するようになります。神の存在を否定することなく、宇宙という空間は無限であるとして、「空間は有限」とするアリストテレス以来の考え方を否定した格好です。

<ブルーノ>

1584年、イタリアの思想家ジョルダーノ・ブルーノは『無限へ、宇宙および諸世界について』で、宇宙の無限性と同質性を提示しました。

クーザスと同様、神の無限性と区別しながらも、宇宙は一つの無限の空間で、そこには多くの惑星が存在し、地球はその一つにすぎないことを示します。また、宇宙は特別な物質でできているのではなく、地球と同じ物質からできており、地球上でみられる運動法則が宇宙でも適用されると考えました。

さらに、ブルーノは、見かけ上、天球が回転しているように見えるのは、地球自体が回転しているためであると、ガリレオよりも早く「地動説」を示しています。
ただし、こうしたブルーノの説は神を冒涜するものであると異端審問が行われ、ブルーノは異端とされて死刑になります。

<デカルト>

「我思う、ゆえに我あり」で知られるルネ・デカルトは、1633年に刊行した『世界論』で「渦動説」を提唱しました。これは、慣性の法則や運動量保存法則といった物理法則を、宇宙全体にも適用した天体の運動原理を説明したものです。

同じ1633年、「地動説」を唱えたガリレオが、異端審問所審査で有罪の判決を受け、終身刑を言い渡されました。『世界論』は「地動説」を事実上認める内容を含んでいたため、公刊は中止になりました。

1641年、デカルトは『省察』を刊行し、いわゆる「デカルト二元論」を提唱します。自分の思惟から出発して物体の存在証明を行う際、想像力や感覚による証明は疑わしいとしたうえで、心身の二元論が、最も確からしい根拠を与えてくれるといいます。

この二元論は、思考することができる実体「心(思惟)」と、思考できない実体「物体(延長)」という疑いえない二つの実体です。
思惟する私とは明らかに異なる実体として、物体があるということです。そして、疑いえない物体の本性は「延長」にあるとしました。長さ、広さ、深さといった空間上の広がりが「延長」です。

空間は多面的で豊穣な性格を持ちますが、デカルトは、空間から、想像力、感覚、心といった余剰を削いでいき、幾何学的な性格である「延長」のみを残し、空間を幾何学的に把握していきました。

ニュートンの絶対空間・絶対時間

「物体に先立つ均質無限」というルネッサンス期に生まれた空間の考え方は、アイザック・ニュートンに受け継がれます。
ニュートンは1687年、『自然哲学の数学的諸原理』で、「絶対時間」と「絶対空間」という概念を初めて提示します。

絶対空間とは、外部と無関係に、本質として不変不動を保つものである。相対空間とは絶対空間の中を動く一つの座標軸もしくは物差しである。われわれの知覚は諸物体に対する位置として相対空間を作り上げる。そしてそれを不動の空間とみなすのである。
絶対空間は、宇宙の他の何らかの物体に対する関係を前提していない。

『自然哲学の数学的諸原理』

このように「絶対空間」とは、すべての方向に無限に拡がる果てしのない均質な空間、物質の存在から独立した空虚な容器を指しています。

ニュートンは、この「絶対空間」や「絶対時間」を、ニュートン力学を成立させるために必要な先行要件と考えていました。
ニュートンの運動の第1法則(慣性の法則)は、「物体は外力を加えられない限り静止物体は静止状態を続け、運動物体は等速運動を続ける」というものですが、あらゆる物体に、このような絶対的な運動状態を与えるために、絶対空間を一つの統一的な基準として提示する必要がありました。

このように運動の第1法則が成立する座標系を「慣性系」といいます。慣性系では、エネルギー、運動量、および角運動量が保存され、時間の一様性、空間の一様性と等方性が確保されます。

神の感覚中枢

中世から近世にかけて、神の被造物として世界を思索することはいわば常識であり、ニュートンも例外ではありません。

ニュートンは『光学』で、空間を「神の感覚中枢」と述べています。空間は神の絶対性を有しており、あらゆるところに遍在する神の媒介となって、すべての物質に引力や斥力が働きうるのと考えました。

しかし、ライプニッツは、これに異を唱えます。ニュートンの神の遍在思想、そして「絶対空間」を批判し、自身は物体間の相対位置で決まる「相対空間」を提唱します。その後も「絶対空間」は、現代にいたるまで、厳しい批判にさらされてきました。

書きおえて

均質無限というニュートンの「絶対空間」は、現代人の空間感覚に最も近いものだと思います。しかし、ニュートン自身、空間を「神の感覚中枢」というように、神との調和に腐心し、たくさんの思想家の犠牲のうえに成立したことを考えると感慨があります。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました(この論考は編集長が書きました)。
そして次回は、絶対空間を否定したライプニッツの空間論を紹介したいと思います。この空間論は、ぶっ飛んでいて最も好きな空間論です。

(丸田一如)

〈参考〉
新・岩波講座 哲学7『トポス 空間 時間アリストテレス全集 第3巻 自然学』岩波書店
ジョルダー・ブルーノ『無限、宇宙および諸世界について』岩波書店