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静かなる川越の、磁場が歪んだ話


2019年3月、人生で初めて埼玉県川越市に足を踏み入れた。知人の編集者が自家製カレーを2日限定で出すということで、興味がわいたのだ。


どう控えめに言っても、 川越<カレー なのは間違いなかった。

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それにしても小江戸川越は未知の場所。最近は観光名所としてたいそう賑わっているという話も聞く。私は単身で旅に出ることも多いが、さすがに今回はひとりだと寂しいかもしれぬと思い、友人Tを誘った。


東武東上線のホームで彼女と待ち合わせをして電車に乗り込む。特急に乗らなかったせいか、列車はのんびりまったり埼玉方面へ進む。これぞぶらり旅。いい旅夢気分。


「最近、お花を再開したんだ」とT。

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Tは中学の時からの友人で、明るく気立てが良い。背がすらっとして、英語が堪能、交友関係も幅広い。欠点があまり見当たらない子だった。

お花、というのはガーデニングではなく○○流などの華道のことだ。おいおい、大人のたしなみ過ぎてやしないか。マリモすら枯らしてしまったことがある私とはえらい違いだよ。


ほうほうとフクロウのように感心しつつしゃべり倒していたら、川越にほど近い駅に到着した。

Tの足がゆっくりホームに降り立つのを、後ろから追いかける。長い髪がゆれるのを、見上げる。



結論から言って知人の作ったカレーはすばらしく美味しかった。

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その名も「春をきく 春菜カレー」。

「これを食べたらもう今日は野菜いらないな」と勝手に判断するくらい旬の味がした。やっぱりカレーは最強だ。



会場を出たのは午後2時ごろ。さすがにカレーだけでは川越に行った気にならぬので、ちょっと気になっていたギャラリーに足を運ぶことにした。

そこは「うつわノート」という、全国から器好きの猛者たちが訪れる場所。素人の私にとってはちょっと敷居が高い感じであった。

その時、まさかそこでとんでもないものを目にすることになるとは、思いもよらなかった。ええ、まさかです。



てくてく歩いて目的地に到着。

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築80年の趣ある洋館。我々は靴を脱いでスリッパに履き替えた。ワックスで磨かれた飴色の床がギシギシ軋む。昔は良い家柄の人が住んでいたのだろうと思われる空間だった。厳かで、静謐な。


会場には曜変天目の茶碗がいくつか並べられていた。小宇宙が閉じ込められたようなうつわにときめく私。茶碗の底についている値札もきらりと見逃さない。

数万。

きっときっと、高くはない。高くはないかもしれないが、そっと元に戻した。

ああ、窓からは庭が見えるな。とてもいい感じの木漏れ日。どうやらTも楽しんでくれているようだ・・・・・・と悦に入っていたところ、何かが目の端に入った。


あれ?


見間違いかと思って再度Tの足下を見る。スリッパから覗くモノを。


あれって、


もしかして。


もしかして(ゴゴゴ)


もしかして!!!




くくく、くいだおれ人形・・・・・・柄のソックス・・・・・・だと・・・・・・?!






たまに見かけますよね。大都会の駅前や駅ナカで売られる派手なキャラクター柄のくつしたを。


あれです。

あれが川越の地に

深く静かに潜行していたのです。

私はそれにまったく気づかなかった。


それからは大変だった。まず込み上げてくる笑いと涙をこらえるのに必死。呼吸が苦しい。とにかくTに気づかれてはならぬ。だって絶対笑いを取るために履いたんじゃないもん。長年の友人だからそれはわかる。ああ、それにしても他のお客さんがいなくてほんまに良かったわ。ありがたい。ん、でも待って。店主には気づかれた……?!  わからん!!! ちょっとそのポーカーフェイスやめて!!! ちゃんと意思表示してー!!!


本当はものすごく証拠写真を撮りたかった。私が取材でライターとしてこの場にいたならば確実にボタンを押したはずだ。けれど、かろうじて理性が押し留める。危ない危ない、私、友情を守ったよ!!!


そうして、何事もなかった風を装い展示を見終え、無事に建物を後にした。Tが靴を履き終えるまで気が気じゃなかったことは言うまでもない。


緊張から一転、それからは至極まっとうに川越の街を散策した。レトロな喫茶店でお茶したりしてさ。久しぶりに友達と会えて楽しいという、通常モード。

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川越名物、時の鐘も見ました。そして、旅は無事エンディングを迎えたわけです。控えめに言って、いい町でした。 川越<カレー なんて書いてごめん。


それから1年以上が経ちました。今でもふと思う。あの出来事はなんだったのだろう。

エレガントな洋館で、やたらその存在を主張してきたくいだおれ人形ことくいだおれ太郎。見え隠れする彼の姿に葛藤する私を、誰か救って欲しかった。あれは感情が忙しすぎて追いつかないくらい濃い時間だった。


あのとき、確かに川越の磁場は歪んだはずだ。


小江戸に道頓堀を無意識に召喚したTのことが、わたしは好きだ。これからも友達でいてください。そして川越、また行けるといいな。







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