魔女エイプリルと馬鹿のフールの物語

これは、魔女エイプリルがいかにして生まれ、なにをして、どのように死んだか。

そのことに馬鹿のフールが、どのように係わったかを記した物語です。

それは4月1日のことでした。

遙かに遠い西の国で、一人の女の子が生まれました。

4月1日にうまれたので、エイプリルと名付けられました。

彼女の自慢は、生まれて一度も嘘を言ったことがないことでした。

だから、お隣の犬のときも、近所のおばあさんの時も、王子様にあったときも言いました。

「あなたはきっともうすぐ死ぬわ」

エイプリルの言うとおり、犬も、おばあさんも、王子様も、その翌日に死にました。

エイプリルは嘘を言いませんでした。

人々は彼女を魔女とののしり、火あぶりにしようとしました。

エイプリルは言いました。

「ああ熱い。死ぬのはイヤだ。かみさま、私が何をしたというのですか?」

人々は言いました。

「この魔女め!正体を現せ!」

エイプリルは言いました。

「ああ熱い、死ぬのはイヤだ。そうです、私は魔女です。こんな街など燃えてしまえばいい!」

神様は言いました。

「お前の願いが速やかに叶うように!」

たった一度の嘘のせいで、エイプリルは魔女になってしまいました。

エイプリルが愛した人、エイプリルを愛した人、そのほかのたくさんの人が死に、村は焼け野原となりました。

死んでしまった人の影が黒い魔女の衣となり、焼けた熱い灰が灰色の魔女の館となりました。

こうして、魔女エイプリルは生まれました。

その日は4月1日でした。


魔女エイプリルの前で嘘は付けません。すべての嘘はエイプリルがかなえてしまうからです。

ある晴れた日、りっぱな鎧を身につけた騎士様が、エイプリルの所にやってきました。

「このあたりに、深い森にすむ魔女がいるという。私はそやつを退治にきた」

そのとたん、館の周りから巨大な樹がいくつものびてきて、あたりは深い森になりました。

騎士様は驚きながら言いました

「うぬが魔女か!覚悟せよ!神の名においてそなたを退治してくれる!」

けれどエイプリルは退治できません。エイプリルは神の名の下に魔女になったからです。

「どんな剣も、どんな勇者も、私に許しをくれません。私はもう死にたいのです」

騎士様はエイプリルの話を聞いて、心から気の毒に思いました。

「神も、なんとむごい仕打ちをなさるのか。せめて苦しまず逝けるよう、そなたのために祈ろう」

騎士様は涙を流しながら、剣をなんども振り下ろしました。けれど彼女を死なせることは出来ませんでした。

騎士様がエイプリルを思って流した涙が、捧げた祈りが、エイプリルの傷を治してしまうのでした。

「偉大なる騎士様。もう充分です。お礼に願いを叶えましょう。私の前ではどんな言葉もまことのことになるのです」

「わたしは自分の力のなさが恥ずかしい。騎士を名乗りながら、あなたの苦しみを終わらせることも出来ない」

騎士はエイプリルに深々と詫びると帰っていきました。エイプリルは泣きました。

その日は4月1日でした。


ある嵐の日、死を目前にした病人が迷い込んできました。

病のために、愛する人に憎まれて、住んでいた家を燃やされて、とうとう何処にも居場所が無くなったのです。

病人は部屋の隅にボロ切れのようにうずくまりました。

「私に触れないで、お願いだから放っておいて。この病気に罹りたくなかったら」

エイプリルは言いました。

「どんな毒も、どんな病も、私に許しをくれません。私はもう死にたいのです」

エイプリルは彼女の手を取り、ベットに休ませ、骨と皮ばかりになったあばただらけの体をぬぐってあげました。

それでも冷たくなっていく彼女の手を取り、エイプリルは尋ねました。

「あなたは明日死ぬでしょう。でも、私は魔女です。もしあなたが望むなら、誰よりも長生きする体を差し上げましょう」

けれど長く長く苦しんだ彼女は疲れ切っていて、もうこれ以上生きていたくなかったのです。

「ああ、ありがとう。私はもう充分苦しみました。どうかこのまま死なせて下さい」

翌日、彼女は死にました。エイプリルは泣きました。

その日も4月1日でした。


ある満月の夜、目の見えない老人が迷い込んできました。

「すみませんが、あなたを触らせてくれませんか。私は目が見えないのです。触ることであなたを知ることが出来るのです」

老人はエイプリルの手、頬、耳、まぶたを触り、言いました。

「あなたは美しい人ですね」

「いいえ、私は醜い魔女です」

エイプリルは彼のために、嘘をついてあげました。

「あなたは目が見えるようになる」

老人の目は見えるようになりました。

老人は初めて見る景色に戸惑い、窓から空を見上げて言いました。

「あれはなんですか」

「あれは月です」

彼は酷く恐ろしいものを見たかのように、おおきな悲鳴を上げました。

彼は、手で触ることの出来ないものがあることを、生まれて初めて知ったのです。

彼は自分の目を潰して出て行きました。エイプリルは泣きました。

その日も4月1日でした。


ある冷たい雨の夜、赤い帽子をかぶった娘が訪ねてきました。

「こんばんは、お仲間さん」

娘は吸血鬼でした。

「私も同じ。神様を呪ったの」

娘も死ねない定めの少女でした。

二人は見たこともない花やありもしないお菓子の話をしながら、一晩中お茶を飲みました。

「いつかは、あなたに呪いをかけた神様も滅びるわ。そうすればきっと自由になれるでしょう」

黒い髪の友人は、最後にそう呟きました。

「でもわたしにとっては今夜が最後。ひとりぼっちはもうたくさん」

赤い目をした友人は、エイプリルが止めるひまもなく、東の窓を開けました。

明るい朝の日差しを浴びて、彼女は灰になりました。エイプリルは泣きました。

その日も4月1日でした。


それから何百年も、エイプリルは扉に鍵をかけて、たった一人で過ごしました。

エイプリルはとても寂しかったのですけれど、扉が開くたびに誰かを傷つけてしまうよりはずっとずっとましでした。

そうして、だれもがエイプリルのことを忘れかけた頃、錆びた鍵がぽとりと落ちて、ひとりの男の子が入ってきました。

「あなたが魔女ですか」

エイプリルは、そうですと答えました。

男の子は言いました。

「僕はフール。馬鹿のフールです」

フールはそう言ったきり、入り口をふさぐように黙って立っていました。

数百年ぶりに開けた扉からは、気持ちの良い春の風が、咲いたばかりの花の香りを運んできました。

エイプリルは、初めて自分からお客に話しかけました。

「私が怖くありませんか?」

「まったく怖くはありません」

それは本当のことでした。

エイプリルは驚きました。魔女を怖がらない人がいるとは知らなかったからです。

エイプリルは尋ねました。

「どうして私を怖がらないの?私は恐ろしい魔女なのよ?」

「僕は機械仕掛けの人形です。怖がる事をしりません」

それは本当のことでした。

フールは機械仕掛けの人形でした。

ネジと歯車とゼンマイで出来た彼は、怖がることを知りませんでした。

エイプリルは願いました。

「どうか嘘をつかないで。ここではすべての嘘が本当のことになってしまうの」

「僕は嘘を付けません。だから馬鹿のフールと呼ばれています」

それは本当のことでした。

エイプリルは彼のために、お茶とクッキーを用意しました。

「ありがとう。けれど僕は食べることが出来ません。そのように作られていないのです」

それは本当のことでした。

エイプリルは魔女になって初めて、心の底から願いました。

「ああ、ああ、あなたが人間だったなら、それはどんなにいいことでしょう」

それは本当のことでした。

ネジと歯車とゼンマイをはき出して、フールは人間になりました。

少年フールは生まれて初めてクッキーを食べ、お茶を心ゆくまで飲みました。

エイプリルは喜んで、フールのためにクッキーを焼いて、新しいお茶を入れました。

そうして最後にフールが言いました。

「ああ、ああ、あなたが人間だったなら、それはどんなにいいことでしょう」

それは本当のことでした。

そのとたん、魔女エイプリルの黒い衣がするりと落ちて、少女エイプリルが立っていました。

少女エイプリルと少年フールは、手を取り合って外に出て行きました。

灰色の魔女の館は跡形もなく崩れ去り、あとには影のように黒い衣と、ネジと歯車とゼンマイの山が残されました。

こうして、魔女エイプリルは死にました。

その日は4月1日でした。


〜この作品は、2011年4月1日に星空めておがシナリオライターとして所属するゲームブランド・TYPE-MOONの公式ホームページに、エイプリルフール企画の一環として期間限定掲載された全12ページの紙芝居形式の作品を元ネタに作成されています。
現在は閲覧することはできませんが、2011年11月16日に星海社FICTIONS・星海社朗読館より、坂本真綾による朗読作品として商品化されています。
詳しくはこちら→ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E6%9C%88%E3%81%AE%E9%AD%94%E5%A5%B3%E3%81%AE%E9%83%A8%E5%B1%8B

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