11.日与の休日 炎の血を流す人(4/5)
4/5
日与は揉め事を避けるかのような素振りでその場を抜け、四人を追いかけた。耳を済ませると暴徒鎮圧銃の銃声が上の方でした。
(あっちだ!)
手すりを掴んで逆上がりの要領で工場を上がり、パイプからパイプへと猿のように飛び移って、どんどん上層へ上がって行く。
化学工場はパイプやタンクが複雑に絡み合った構造で、その合間を縫うようにして足場が張り巡らされ、ねじくれたジャングルジムのようになっている。
ときどき銃声がし、男たちの怒声がそれに重なる。
首上は最上部近くで倒れていた。作業服をめくって自分の腹を確かめている。ゴム弾を受けたらしく、どす黒い紫色に変色していた。
顔を上げた首上は日与に気付き、どこか申し訳なさそうな顔をした。
すぐ下で複数の足音が階段を上がるカンカンという音がする。賞金稼ぎがアンデッドワーカーに命じる声がした。
「このまま行け! 俺は回り込む!」
階段を上がって二体のアンデッドワーカーが現れた。日与はすでに雄鶏頭に背広、赤いネクタイの血族、ブロイラーマンとなっている。
ブロイラーマンは頭上のパイプを掴んでぶら下がり、両足ぞれぞれでアンデッドワーカーに蹴りを入れた。
ドムッ!
「ア゛……?」
アンデッドワーカー二体は後ろに吹っ飛び、手すりを越えて下に落ちて行った。
「オイオイオイ、そいつらはレンタル品だぜ」
ブロイラーマンの後ろに賞金稼ぎが立っていた。その姿は烏骨鶏《ウコッケイ》の頭に変わっている。血族だ。
青いネクタイを締めた背広姿で、左腕には鎖が巻きつけられていた。血盟会のバッヂは着けていない。
日与は名乗りを上げた。
「血羽家のブロイラーマン。同じ家系のヤツを見るのは血を授かって以来だ」
「血羽家のルースター」
ルースターはブロイラーマンに目を細めた。
「ハハァ! ヒョウタンから駒ってヤツか。テメエの首には血盟会が金津の十倍の賞金を懸けてるぜ」
「お前は血盟会じゃないな?」
ルースターは侮辱されたとでもいうようにフンと鼻を鳴らした。
「あんな連中と一緒にするな。俺は誇り高き賞金稼ぎだぜ」
両者のあいだに剣呑な視線が交わされた。
ブロイラーマンは拳を握り、やや腰を屈めて構える。ルースターもほぼ同じ構えである。
「ゴホッ……」
首上が血の混ざった咳をしたのを皮切りに、二人は激突した。
「「オラアアアーッ!」」
両者のあいだでパンチが飛び交う。
ルースターの立ち回りは長年の経験に裏打ちされた確かなものであった。巧みにブロイラーマンの攻撃をかいくぐり、隙間を縫って打撃を入れてくる。一発一発は軽いが、速く鋭い。
それでも戦況はブロイラーマンが押していた。ダメージ覚悟で相手の攻撃を食らいながらも前に出て、ルースターに打ち返す!
「オラアア!」
ドムッ!
強烈な踏み込みストレートがルースターを捉えた。ルースターはとっさに防御したものの真後ろに吹っ飛び、手すりを乗り越えて空中へと投げ出された。
その瞬間、ルースターは手に巻きつけていた鎖を放った。
ジャララララ!
鎖が蛇のようにブロイラーマンの体に巻きついた。まるで意思を持っているかのようだ。
ルースターの鎖はいかなる原理によってか、すさまじい力で巻き戻された。ブロイラーマンがとっさにその場に踏ん張ると、バンジージャンプめいて勢いよく引き寄せられてきたルースターの空中蹴りが顔面に炸裂した。
ドゴォ!
「ぐお!?」
今度はブロイラーマンが吹っ飛んだ。足場を転がる。
ルースターは自慢げに鎖をジャラジャラ鳴らした。
「スゲエだろ。血族の鍛冶屋が作ったんだぜ」
「ふんっ……!」
ブロイラーマンは自分の体と左腕を拘束している鎖を引きちぎろうと力を込めたが、びくともしない。血族の超自然的なエネルギーが付与されている。
すぐさまルースターは間合いを詰めてきた。容赦ないラッシュを放つ!
「オラアアア!」
ルースターは逆の手と両足で猛烈な打撃を加えてくる。
ドゴゴゴゴゴ!
ブロイラーマンが自由な左手で防ごうとすれば、ルースターは鎖を引いてこちらのバランスを崩し阻止してくる。熟練の戦闘技術であった。
(強え! 野良血族でここまでやれるヤツがいんのか!)
だがすんなりと敗北を受け入れるブロイラーマンではない! 負けるわけにはいかないのだ!
ルースターのパンチがブロイラーマンの横顔に入った。
ドゴォ!
ブロイラーマンは殴られながらも渾身でタックルをかけた。足場の隅の手すりにまでルースターを追い詰めると、相手がひるんだ隙を突き、鎖を手に取ってその首に巻きつけた。
片腕の力と相手にかけた片足の力を使い、渾身でルースターの首を締め上げる!
「グオオオ……?」
ルースターが苦しげに呻き、たまらず鎖を緩めた。その瞬間、ブロイラーマンは間髪置かずルースターを手すりの外へ突き落とした。
「うお?!」
ルースターはとっさに鎖を伸ばし、手すりに巻きつけた。だがブロイラーマンは両手を高々と頭上に上げると、両手でチョップを振り下ろし、鎖が巻きついている手すりを切断した。
ルースターは呆気に取られた顔をした。
「あっ……テメエェェ?! あああああ!」
尾を引く悲鳴とともにルースターは落下していき、休憩所に落下した。
ドガァ!
ルースターはプレハブの屋根を突き破り、それきり姿が見えなくなった。
さっさと消えたほうが良さそうだ。その場を去ろうとしたブロイラーマンはふと、首上に振り返った。
首上は戦闘開始のときと同じように咳き込んだ。戦闘終了を知らせるかのように。気絶しているようだ。
ブロイラーマンは首上が倒れた作業員のために救急車を呼んでいた姿を思い出した。
一瞬の思考の後、人間の姿に戻った日与は首上を担ぎ上げ、工場を駆け下りた。塀を飛び越えて敷地を出ると、割れたアスファルトの道をひた走る。
スマートフォンを取り出し、市警の公式サイトにアクセスする。指名手配犯リストで検索すると金津理一の情報があった。
〝ツバサ工場連続爆破事件容疑者 なお逮捕にご協力いただいた方にはツバサ重工からも別に謝礼が支払われます〟
顔写真では髭面で眼鏡をかけ、やや太っているが、確かに首上だ。
ネットで検索するとニュースサイトにもその名があった。ツバサ重工技術者の立場を利用し、工場の発電機に細工して爆発させていたという。爆破させたのは深夜の終業後で人命に被害は及んでいないが、ツバサ重工は大いに迷惑しただろう。
「ムダですよ。横取りした賞金首は換金できない」
首上が弱々しい声を上げた。気絶から覚めたらしい。
日与はぶっきらぼうに答えた。
「市警に連れてくんじゃねえ。労災病院が確か……バスん中から見えたはずなんだけど。あっちだったか?」
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