5.アンデッドワーカー(3/4)
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デッドファクトリーはお互いの手当てを始めた。
女ギャングの肩は、柔道有段者の永久が元に戻してやった。
永久は仁郎というリーダーの男に、事件のあらましをかいつまんで話した。
仁郎は半信半疑ながら幾分か納得した様子になり、不承不承ながら口を開いた。
「事件のあった日、俺は仲間に呼ばれて団地に行った。おかしな連中が来てそっちの棟に入っていったって連絡があってな。縄張りで余所者の好きにはさせねえ。俺たちが団地前で待ってると、火事が起きた。それからあいつらが団地から出てきた」
「背広の五人ね?」
「ああ。俺は仲間と一緒にそいつらに突っかかって言ったんだが……俺の女がいたんだ。五人の中に」
「女? あなたの恋人?」
仁郎は鉄塊じみたいかつい顔に悲痛げな表情を浮かべた。
「そうだ。三週間前に大喧嘩して飛び出してったきりの。呆気に取られてるうちにアイツは他の連中と車に乗り込んで、行っちまった」
「彼女はあなたを見ても何も言わなかったの?」
「ああ。だが正気の目じゃなかった。口の周りが血で真っ赤でさ」
「……うん? 防霧マスクをしてなかったってこと?」
「ああ」
「部屋に向かうときは着けていた?」
「着けてたと仲間は言ってる」
永久と日与は再び顔を見合わせた。
あの部屋に落ちていた防霧マスクは……!
日与が頷いた。
「そいつの女を探すしかないな。ほかに手がかりもないし」
仁郎が口を挟んだ。
「俺の女は何であんなことをした? どこにいるんだ?」
「わたしたちもそれを探ってるのよ。あなたの彼女の名前は?」
「燐音。立風燐音《たちかぜりんね》」
* * *
(立風燐音がすべてを知っているはず。燐音はどこから来てどこへ行った?)
署に戻った永久はあらゆるデータベースを調べた。
カード・パスポート・身分証類は使用された形跡がなく、留置所にも死体安置所にもいない。
ネット上の様々なアカウントにアクセスした様子もなし。
永久は小さくため息をつき、パソコンから隣のデスクに目を移した。
今は鍵崎が使っているが、その前は死んだ恋人が使っていた。
(花切さんなら「見落としを探してみましょうか~ウフフ」って言うところ。コーヒーを膝にこぼしながら。立風燐音が防霧マスクを着けてなかったのはなぜだろう)
汚染された霧雨が絶え間なく降り続け、不治の病である霧雨病が蔓延するこの市《まち》では誰もが防霧マスクで顔半分、あるいは全部を覆っている。
防霧マスクとフィルタは天外市民にとって生活必需品以上の生命線なのだ。
だが超人的な抵抗力を持つ血族は霧雨病にかからないと日与が言っていた。
もっとも素顔で出歩いていたら自分が人間でないと宣伝しているも同然だから、普段は彼も防霧マスクを着けている。
(燐音は血族だったとか……息をしない血族? そんなのがいるのかしら)
永久はパソコンを操作して遺留品のデータベースにアクセスすると、例の事件現場で発見された防霧マスクのデータをモニタに表示させた。
〝マスクフィルタは新品、唾液は検出されず〟
改めてそれを眺めながら顎を撫でていると、鍵崎がやってきて隣のデスクに座った。永久は彼に声をかけた。
「鍵崎くん、息をしていない人ってどんな人だと思う?」
妙な質問に鍵崎は複雑な顔をした。
「署《うち》の死体安置所にいっぱいいるじゃないですか」
「そういうことじゃなくて……いえ、待って。そういうことかも?!」
「何がですか?」
「何でもないわ。ありがとう」
永久は小走りにオフィスを出た。
(日与くんの言ってた化学薬品のニオイって!)
* * *
永久はバスターミナル前で日与を車に乗せると、複数の小瓶をダッシュボードに並べた。
中の脱脂綿に染み込ませた薬品の臭いを順番に日与に嗅がせる。
三つ目を嗅いだとき、日与は顔を上げた。
「これだ! あの部屋に残ってたニオイだ! どこにあった?」
「死体安置所の薬品を全部ちょっとずつ持ってきたの」
永久は日与に小瓶のラベルを見せた。「防腐剤」と書かれている。
「立風燐音は息絶えたまま動き回ってたのよ。死体になって、防腐処理を施されて」
「ってことは……ゾンビの血族?!」
「うーん、どうかしら。これまで見てきた血族とはちょっと違うわね。まず一つ、証拠品になる防霧マスクを落としてそのまま帰っちゃった。これってちょっとうかつすぎない?」
「まあ、血族にしちゃあんまり頭が良くないな」
永久は「あなたがそれを言う?」というセリフを飲み込んで続けた。
「二つ目、人間を二人殺すのに五人も必要だった。日与くんみたいな血族なら一人でも十分すぎる仕事じゃない? 背広の五人は数が多いけれど、あまり有能でない単純労働者。血族を使うまでもない仕事をさせる用の下僕」
「そうか、パイルドライバーが言ってたな。〝血族は作りにくい。たいていは死ぬか発狂する〟って」
「そう。血族の数は限られている。血盟会は些末な仕事にはこういう下僕を使っているのかも」
日与は感心した顔で言った。
「あんた、よくそこまでわかったな。血族でもないのに」
「花切さんの遺したメモに走り書きがあったのよ。最初は意味がわからなかったけどね。そこで問題だけど、彼らは下僕製造用の死体をどうやって調達してる?」
日与は顎を撫でた。
「墓場……骨しかないか。自分で殺して作るってのは面倒だし、ひと目を引くし。病院とか死体安置所から盗むとか……それも遺族が騒ぎそうだなあ」
「ご家庭でご不要になったものがございましたら~、何でも高く買い取ります~。家具、自転車、家電類~」
ジャンク品回収業者のトラックが通りかかった。日与はそれを見てピンと来たらしい。
「あ、そうか! ……そういうとこ、知ってるのか?」
「いいえ。でもあの人たちならきっと知ってる」
永久はスマートフォンを取り出し、デッドファクトリーに電話をかけた
* * *
男は悲鳴を上げた。
「お、思い出した! 確かに買い取った!」
仁郎はさんざんに殴りつけたその男の顔に、スマートフォンを突きつけた。立風燐音の写真が表示されている。
「確かにこの女だったか? 四軒も回って嫌気が差してるんだ!」
男はこくこくと頷いた。
「その髪と刺青、間違いないです! ホームレスが持ち込んだ! た、確か三週間くらい前に! 大きな交通事故があったときに拾ったとか言ってた!」
「ああああ!!」
仁郎は目に涙を浮かべて悲痛な雄叫びを上げ、さらにその死体ブローカーを殴りつけた。
ドガッ! ドガッ! ドガッ!
デッドファクトリーの仲間たちは顔を伏せた。暴力から眼をそらしているのではない。リーダーの心痛を慮ってだ。
ここは街中にある精肉店のバックヤード。
一見どこにでもある肉屋だが、冷凍庫には豚や牛と同じように人間の冷凍死体が肉吊りフックにぶら下がっている。裏では死人の買い取りを行っているのだ。
一般客はその隣に置かれた肉を口に入れているとは思いも寄るまい。
仁郎は泣きながら叫んだ。
「燐音を返せ! あああああ!! 燐音を……誰だ! 誰に売った!」
「言うってば! だからもう殴るのはやめてくれ!」
* * *
天外市南西の郊外にはこの世の果てじみた荒野が広がっている。
廃墟の農村、作りかけのまま放置された高速道路高架、黒煙を上げて永遠に燃え続けるゴムタイヤの山……
打ち捨てられた送電塔は住民にはびこる終末カルトのオブジェと化し、動物の死骸や意味不明な文字列の旗で飾り立てられている。
その狂気のクリスマスツリーとでも言うべきものの頂上に日与はいた。
彼の超人的視力は、ひび割れた国道をただ一台走る冷凍トラックを捕らえている。
死体ブローカーに協力させて精肉店前で待ち構え、後を尾けたのだ。
冷凍トラックは国道を折れて脇道に入り、大きな化学薬品工場に入った。
日与は自分の肩に停まった小型ドローンに話しかけた。
「あれだな」
「ちょっと待って……」
仁郎が運転するバンの車内で、永久はドローンのカメラ越しに日与と同じ光景を見ている。彼女は工場の看板をズームアップし、社名をスマートフォンで検索した。
「タメジマ化成……表向き化学薬品を作ってることになってる。実際に作ってるものは違うでしょうね」
日与が言った。
「ガキのころの話だけどさ。友達が最新のゲーム機を俺に見せびらかしてきた。そいつ、母親がオヤジとその愛人を刺し殺して、死体ブローカーに売っちまったんだって。それで小遣いもらって買ったんだって。嬉しそうだったな」
「……心暖まる思い出話ね」
仁郎が鼻で笑った。
「感動系のテレビ番組に投稿するのはやめとけ。この市《まち》のエピソードとしてはありがちすぎて採用されないぜ」
日与が言った。
「仁郎。繰り返すけどさ、あんたの彼女は死体になってるぞ」
仁郎の悲痛な声が返ってきた。
「それでも取り返す。せめて葬式を出してやりてえ」
日与は電線上を滑るように伝い走った。飛び立ったドローンが後を追う。
工場のバルコニーにはレインコートを着込んだ見張りが立っている。
日与はその背後に音もなく着地すると、相手の肩にポンと手を置いた。
「?」
相手が振り返った瞬間、顔面にパンチを叩き込む!
ドゴム!!
顔面が陥没した見張りはその場にひざまずき、倒れた。
死体を調べると、思った通り人間ではなかった。
殺す前から死体であった。異様に肌色が悪く、手足をツギハギした跡がある。日与は鼻を鳴らした。
「防腐剤の臭いだ」
そっとドアを開けてドローンとともに工場内に侵入する。
その先にあった恐るべき光景に、日与は眼を見張った。
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