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アンチェイン(1/2)

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1/2

 天外市北端、市境。黄泉峠《よもつとうげ》。

 ナイフで大地を切り裂いたような険しい峡谷だ。異態進化した植物が絡み合うジャングルでもある。

 その奥の盆地に廃墟となった町、比良坂《ひらさか》がある。良質な粘土が出るためかつては焼き物の産地として栄えたが、汚染霧雨の毒性濃度が他所と比べて桁違いに高かったため、あるころに町ごと見捨てられた。

 今となっては崩れかけたビルと家屋が建ち並ぶ、白骨化死体めいた場所だった。暗雲の下に広がるその死んだ町並みはとても現世のものとは思えない。

 汚染霧雨が音も無く降りしきる、ありふれたある夜のこと。

 比良坂の中央には不相応に真新しい五十階建てのビルが建っている。屋上のペントハウスこそが他でもない鳳上赫の居城だった。

 鳳上赫は赤い着物を身に纏い、屋上の片隅にあるヘリポートに立っている。汚染霧雨交じりの夜の風が端整な顔立ちを撫で、髪をなびかせた。彼は風に溶けた血氣を感じている。大きなうねりが押し寄せている。

 背後のやや離れた場所に、四人の血族がひざまずいていた。古参組と呼ばれ、血盟会の中枢を担う者たちだ。アンチェイン、スケープゴート、梔子、そして血盟会最強と名高いヒッチコックである。

 ヒッチコックが代表して報告した。

「血盟会のアジト数ヶ所が同時に襲撃されました。銀バッヂから救援要請が相次いでおります」

「そちらは下っ端に任せておけ。ブロイラーマンはその中におらん。ヤツと聖骨家は必ずここへ来る。お前たちは峠に展開し、返り討ちにしろ」

「ははっ!」

「ヒッチコック」

 冷徹な視線を向けられ、ヒッチコックは無言で平伏した。

「聖骨家の血を必ず断て。お前は使える手札ゆえ一度の失敗は免じたが、二度目はないぞ」

「肝に銘じております」

「散れ」

 鳳上が命ずると、四人の血族は音もなくその場から消えた。

 鳳上は視線を正面に戻した。鳳上赫の居所、反血盟議会と肋組の連合。何もかも仕組まれたものだとするなら、それを手引きしたのはあの男しかありえない。

 鳳上は苦々しげにつぶやいた。

「九楼め」


* * *


「うまく行った。肋組が他の銀バッヂを釘付けにしているわ」

 ブロイラーマンはワイヤレスイヤホンで永久からの報告を受け取った。

「よーしよし。あとは古参の四人か」

 彼は単独で黄泉峠のジャングルを駆け抜けていた。ブロイラーマン、リップショット、疵女、そして竜骨。この数組に別れてジャングルを抜け、比良坂に侵入したのち合流する計画だ。

 古参四人は強敵である。バラけさせておいて各個撃破した後、鳳上赫へと迫る。

(待ってろよ、明来)

 ブロイラーマンは心の中で兄に告げ、意志を新たにした。この戦いには兄弟の、そして天外の人々すべての命運がかかっている。

 次の瞬間、走っていたブロイラーマンは頭を大きく右に傾けた。その横顔をライフル弾がかすめて行く。

 タァーン!
 遅れて銃声。狙撃だ!

 森の中に変わった建物が見えた。円筒をした塔型の五階建てで、武装アンデッドワーカーが展開している。建物の屋上に腕組みした巨漢の姿が見える。

 ブロイラーマンは立ち止まり、超人的視力をこらした。黒い羽毛に青黒い鶏冠を持つ血羽の血族だ。

 その血族、アンチェインは空気をビリビリと震わせるすさまじい大声を上げた。

「ここまで上がって来い、ブロイラーマン! それともコンビニ前でチンピラにガンつけられた学生のように素通りするか?」

 ブロイラーマンは建物に進行方向を変えた。

「言われるまでもねえ。お前に会いに来たんだ」

「「「ア゛ア゛ア゛ー!」」」

 アンデッドワーカーたちが濁った叫び声を上げ、いっせいに銃撃を開始する。
 ダダダダダダダダ!

 ブロイラーマンは超高速で蛇行して銃弾をかわしつつ接近! 途中、倒木を抱えて持ち上げると、バットのように回してアンデッドワーカーたちを蹴散らした。

「オラアアア!」

 ドゴゴゴゴ!
 一度に数体が野球ボールのように吹っ飛び、建物の壁に叩き付けられて潰れた。残りも手早く片付けると、倒木を捨てて建物を見上げた。

 古代ローマのコロシアムを模しているらしい。ここがアンチェインのアジトであり、黄泉峠防衛の前線基地でもあるのだろう。ブロイラーマンは中に入った。一階の広々としたホールには無数のアンデッドワーカーが待機していた。

「「「ア゛ー!」」」

 ダダダダダダダダダダ!
 ブロイラーマンは雨あられと降り注ぐ銃弾を壁際に飛んで回避! そのままウォールランをする彼を着弾のラインが猛追する。

 ブロイラーマンは螺旋状に走って天井近くまで来ると、壁を蹴って跳ねた。さらに天井を蹴ってアンデッドワーカーひしめく地上へと急落下!

(直撃と同時に血氣を解放するイメージ!)

 ブロイラーマンは空中で大きく振り被り、着地と同時に床を殴った。新必殺技、バンカーバスター!

 ドゴオオオオオオオ!
 拳を当てた地点を中心に水面のごとく衝撃波の波紋が広がる! 床のタイルが裏返り、アンデッドワーカーたちをことごとく薙ぎ倒して壁に叩き付けた。

「ホアア! ハハッ。どんなもんよ!」

 ブロイラーマンはおどけてカンフーの残心をした。

 螺旋階段が上に続いている。ブロイラーマンは真っ赤な鶏冠の軌跡をネオンライトのように残して階段を駆け上がった。アンチェインのトレーニングルームや私室などを抜けて屋上に出る。

 降り注ぐ汚染霧雨の中、アンチェインは腕組みしたままブロイラーマンを待っていた。

 試合用のショートパンツ姿で、さながら筋肉で出来た岩盤といった体格だ。ブロイラーマンもたくましい体つきではあるが、それよりもふた回りは大きい。

「改めて名乗るぜ! 血羽家のアンチェイン!」

「血羽家のブロイラーマン」

「どいつもこいつもウチの家系と言やあ、やれ脳筋だ、パワー頼みだと。ハハ! それが今や血盟会の屋台骨を傾けた男の家系だ! お前の悪名を称えてやるぞ、ブロイラーマン!」

「こないだブロイラーマンに殺されたアンチェインとか言うザコは血羽だったっていずれみんなが言うさ」

 アンチェインは呆れ笑いをした。

「噂に聞いてたが本当にムカつく野郎だな! まあいい、血羽の歴史に残るのは俺の方だぜ!」

 バキッ!
 アンチェインが床を踏みしめると、足の下でコンクリートタイルが皿のように割れた。どっしりと構える。

 一方、ブロイラーマンもボクシングスタイルを取った。革靴が軽やかにステップを踏む。

 両者睨み合う。一対一、待ったなしだ!

「オラアアア!」

 先に仕掛けたのはブロイラーマンだ。ジャブから始まる一連の連携パンチを叩き込む!

 ドム! ドム! ドム!
 アンチェインはこれを巧みにブロックし、さばき切れないものは筋肉の分厚い部分を利用して受け止めた。豊富な経験に裏打ちされた熟練のディフェンスだ。

 アンチェインはお返しとばかりにパンチを放つ!

 ブロイラーマンは両腕を×字に組んでブロックしたが、それでも恐るべき威力だった。

 ドムッ! ガガガガガ!
 かろうじて踏ん張り、靴底をすり減らして一メートルほど後ろに滑る。

「ウオオオ!」

 アンチェインが吠えた。すかさず間合いを詰めてくる。巨体に見合わず速い!

 ブロイラーマンは迎え撃つ!

 すさまじい打ち合いが始まった。この場に一般人がいたとしても、ネオンライトめいた軌跡を描く赤と黒の鶏冠しか見えなかっただろう。

 ドドドドドドドドドド……!!
 お互いが攻撃を放つごとに発生する衝撃波が汚染霧雨を散らす。

 ブロイラーマンは体格で劣るものの、速度と手数では勝る。上半身を素早く振って攻撃を掻い潜りつつ、パリングを駆使して攻撃をさばきながら、じりじりと攻撃を加える。

 その地道な戦略が功を成した。アンチェインの右腕が下がりがちになっている。防御の上からブロイラーマンが殴り続けたためだ。

「オラアア!」

 ブロイラーマンは打って出た! 踏み込んでのストレートパンチ!

 だがアンチェインはそれが来るのを見計らっていた。素早く身を沈めてかわし、ブロイラーマンの右足に地を掃くような下段蹴りを入れる!
 ドゴォ!

「!」

 ブロイラーマンは己の膝が軋む音を聞いた。

 アンチェインは蹴りも組み技も使う総合格闘スタイルである。それがブロイラーマンに合わせてパンチの応酬を続けていたのは、相手の意識を蹴り技からそらすためだ。

「有利と思わせて足元をすくう! これが経験の差よ! グワハハハ!」

 たちまちアンチェインが攻勢に回る! 息をもつかせぬ拳と蹴りの連続がブロイラーマンを飲み込んだ。
 ドドドドド!

 ブロイラーマンは防御を固めて凌ぐが、相手の一撃一撃はハンマーのように重い。

「ウオオオ!」

 アンチェインは自分の両手を組んで一つの拳にすると、ゴルフクラブのスイングめいた動きでブロイラーマンの顎をすくい上げた。ハンマーブロー!

「デェエイ!」

 ドゴォ!
 とっさに防御したにも関わらず、ブロイラーマンは数メートルも真上に吹っ飛ばされた。何と言うパワー!


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