苦界寺門前町地下迷宮(4/6)
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銃を持った男たちは顔を見合わせ、気の抜けた笑い声を上げた。
「メス犬の躾がなってねえぞ」
昴は右手でショットガンの銃身を掴んだ。メキメキと音を立てて銃身が歪み始めた。
「!?」
ショットガンの男は必死でショットガンを奪い返そうとしたが、ぴくりとも動かない。
「てめえ……このガキ!? 何だこの力?」
「おい! 関わるなと言ったんだ!」
捉人がきつい口調で命じたが、昴は手を離さず、視線もそらさない。
日与も臨戦態勢に入った。彼も連中の態度が気に入らなかったし、何よりも昴をメス犬呼ばわりされたのが頭に来ていた。
「待った! ここは落ち着きましょう」
一瞬即発となった両者のあいだに割って入ったのは、ドゥードゥラーであった。
「こんなことしてもお互い何の得にもならないでしょう」
「その女をどうにかしろ!」
ショットガンの男が悲鳴のような声を上げる。
ドゥードゥラーは彼らに微笑んだ。
「あなたたちは見たところ手ぶらですね。エクスプロールに来たものの収穫なしだったんじゃないですか」
「……だったら?」
ドゥードゥラーはきらきらと輝くものを取り出した。レンガブロックの半分ほどもある金塊だ。ショットガンと拳銃の男たちの眼がさっとそちらに引かれる。
「さっき見つけたんです。この金塊でその少年を買い取りたい。来た道を戻るだけならカナリアは必要ないでしょう」
日与と昴もまた驚きに目を見張っていた。日与が(いつの間にあんなもの見つけたんだ? 知ってたか?)と昴に目配せすると、昴は(ううん、知らない)と首を振った。
銃を持った男たちは顔を見合わせ、小声で何か話し合った。だが答えは出ているも同然だった。彼らの眼はずっと金塊に釘付けだったからだ。
「そいつを寄越せ。あといい加減その手を離せ!」
ドゥードゥラーは昴に目配せした。昴はしばらく彼を見返したあと、ショットガンから手を離した。
ドゥードゥラーが金塊を渡すと、男たちは道端で成人向け雑誌を拾った男子小学生のように目をぎらつかせながら、奪い合うようにして観察した。
「すげえ! 本物か?」
「本物だぜ! こんなデカいの見たことねえ!」
ドゥードゥラーが言った。
「その人を渡してくれませんか」
拳銃の男が思い出したように少年の首輪の鍵を外し、彼の背をどんと押した。
つんのめった少年は恐る恐る男たちに振り返ったが、彼らは金塊しか見ていない。少年は唇を震わせながら昴たちに目をやった。
昴は優しく微笑んで彼に手招きした。
「大丈夫。外に連れて行ってあげる」
だが少年は表情を硬くしたままだ。
少年は突然、弾かれたように走り出した。「待って!」という昴の声は届かなかった。飼い主が変わっただけで、またカナリアとして使われると思ったのだろう。コテングの囮にされたあの死体と同じように。
やってきた方向へ脱兎のごとく向かった少年は、不意に足を取られて転んだ。銃を持った男たちがそれを見て笑った。
捉人が呟いた。
「マズい」
少年が転んだのは、踏んだ点字ブロックの一つが沈み込んだからだった。
カコン。
ガチャン! ガコン!
突然、通路全体が大きく傾いた。昴たちが入ってきたほうが沈み、男たちが入ってきたほうが持ち上がって九十度近い急な坂道となった。同時に坂を下りきった底には巨大な換気扇めいたものが姿を現し、高速回転を始めている。
ギュオオオオオオ……!
「「うわあああああああ!?」」
銃を持った男二人が真っ先にそこへ転がり落ちて行った。
ジャキジャキジャキ!
血飛沫が上がり、肉を細切れに刻む音が上がる。
血族三人はすぐさま壁や床に指を突き入れて体を固定した。日与が逆の手で捉人のベルトを掴む。
「ああああ……!」
上から少年が滑り落ちてくる。昴がとっさに手を伸ばして彼のシャツを掴んだが、布地がビリッと音を立てて破れた。少年は刺青が入った上半身を露わにしながら、なおも滑り落ちて行った。
「誰か掴んで!」
壁に捕まっているドゥードゥラーからは遠すぎる。日与は両手が塞がっている。
少年は捉人のすぐ隣へと滑って来た。だが捉人は無慈悲にも身を引いて避けた。少年にしがみつかれないようにしたのだ。
少年は換気扇へと吸い込まれていった。
「……!」
最後の瞬間、昴は少年と目が合った。絶望に塗り潰されたその目と。
ジャキン!
長く感じられたが、実際罠が発動していた時間は三十秒ほどだった。やがて換気扇が停止し、通路は軋みを上げながらゆっくりと元の角度へと戻った。
昴は怒りを露わにして捉人に詰め寄った。
「何で助けなかったの?! 手が届いたじゃない!」
「あのガキの刺青が見えなかったのか?」
捉人は冷淡に言い放った。
「銃を持ってた奴らの刺青と同じだった。あいつらはギャングだ。あのガキは仲間を裏切るか何かしたんだ。それでカナリアにされた」
「だからって……」
「何にせよギャングの命に価値などあるか。しかも裏切り者に」
捉人は歩き始めた。だが昴は立ち止まったままだ。
捉人は片眉を上げ、吐き捨てるように言った。
「ここにいたきゃ好きにしろ。ガキの供養でも何でもしていろ」
肩を怒らせて爆発寸前の昴の背を日与が押し、進むように促した。
日与は噛んで含むように昴に言った。
「昴。俺たちがここへ来たのは女たちを助けるためだろ?」
「そうだね」
「それが最優先の目的だ。無関係な連中の面倒を見てる余裕はないんだ」
昴はちらりと日与を見た。
「……日与くんは平気なの? 目の前で助けを求めた人が死んでも」
「俺は兄貴を助けられりゃそれでいい」
日与の兄は汚染霧雨がもたらす不治の病、霧雨病を患っている。その治療法を探すため、天外を支配する血族の組織、血盟会を敵に回すに至っている。
日与は常に兄が優先であった。麻薬と貧困が蔓延し、ギャングが年中抗争を繰り広げているスラムで育った彼は、血の繋がった兄しか信じる者がなかったのだ。
一方、上流階級の家庭で育った昴は血族となった今、弱者を救うのは自分の使命だと考えている。多くの人に助けられて生きてきたのだから、それが当然だと。大好きなヒーロー漫画、『ライオットボーイ』の影響も大きい。
自分が間違っているのだろうかと昴は考えた。世間知らずなお嬢様の、甘っちょろくてぬるい考え方なのだろうか。
黙り込んだまま歩く昴に、ドゥードゥラーが慰めるように声をかけた。
「僕は好きだな、正しいことに一生懸命な人って。まるで漫画みたいじゃないですか」
「俺だってお前のまっすぐなとこは嫌いじゃねえよ」
日与も同意し、ミントのタブレット菓子を取り出して昴に差し出した。
「やるよ。スカッとする」
「アルファベットビスケットもどうぞ。糖分で頭がスッキリする」
昴は二人に礼を言い、もらった菓子を口に放り込んだ。
ふと日与が言った。
「ところでドゥードゥラー。あんなデカい金のカタマリ、どこで見つけた?」
「ああ。あれですか」
ドゥードゥラーは含み笑いをし、地面から石を拾い上げた。ベルトのホルダーから毛筆を抜いて「黄金」と書き記す。そのインクは字神家秘伝の魔力を帯びた墨である。
文字を書き記された石は、みるみるうちに金塊に変化した。字神家の能力だ。
金塊を渡された日与が目を見開くと、ドゥードゥラーは苦笑した。
「まあ、能力を解除するか二十四時間もすると元に戻っちゃうんですがね」
日与はニヤリとした。
「あんたが一番の悪党だったわけか」
「人聞きの悪い。夢を見せるのが漫画家の仕事じゃないですか?」
* * *
「この向こうだ」
日与は探知機を見ながら言った。
これまで通り捉人がまずその部屋に入り、安全を確認してから一行を呼んだ。やはり日与がドアを押さえる役として出入り口に残った。彼がメンバーの中で一番力があるのだ。
広い和室で、全面が畳張りになっている。奥には仏像なども見えた。ダイダロスが寺の一室を丸ごと運び込んで組み立てたのだろう。
部屋の中央に大きな木の箱が置かれている。日与はそれを指差して声を上げた。
「あの中からだ」
「あの中……?」
昴の声は嫌な予感に震えた。箱はちょうど人が一人入る大きさで、棺桶に似ている。
「お前らは近付くな。そこにいろ」
捉人は昴とドゥードゥラーを残して箱に近付くと、メダルを取り出して投げつけた。
カツーン。
反応はなく、何も起こらない。
「永久さん……」
昴は祈るような思いでボスの名を呟いた。
捉人はそろそろと箱に近付いた。前と同じようにまずドリルで側面に穴を開け、検査カメラで中を覗いた。罠を警戒して不用意に蓋を開けたりはしない。
検査カメラのモニタを見ていた捉人は顔をしかめた。カメラをしまい、箱の蓋を開く。その中にあったのは小さなカプセル状の発信機であった。
その瞬間、捉人は飛び退いた。
「来るな! 罠だ!」
* * *
自分の部屋で監視カメラのモニタを見ていたミノタウロスは微笑み、呟いた。
「その通り」
リモコンのスイッチを押す。
ピッ!
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