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2.一匹の家畜(1/2)

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「お前は?!」

 日与の質問にドローンは機械音声で答えた。

「ツバサの敵と言っておきます。とにかくついてきて下さい」

 そのときサーチライトが日与を捕らえ、重武装の警備員たちが行く手に立ちはだかった。周辺に配置されていたツバサ重工の忠実なる番犬、カトリ警備保障社だ。

 シールドを構えた警備員が横一列に並んで壁を作り、隙間から暴徒鎮圧銃を突き出す。警備隊長が叫んだ。

「撃てーッ!」

 ズドドドドン!

 号令で銃口がいっせいに火を噴いた。硬質ゴムの鎮圧弾は内臓破裂・脳挫傷で死ぬこともままある代物だが、今の日与には豆鉄砲と同じだった。

 ドガガガガガ!
 パンチ連打で弾き返し、そのまま警備員のスクラムにショルダータックルで突っ込む!

「オラアアア!」

「「「うわああああ?!」」」

 ドゴォ!
 警備員たちはボーリングピンのように弾き飛ばされた!

「こっちだァア! 囲め囲めーッ!」

 さらに多くの新手! 日与はいったん退いて倉庫の壁を駆け上がり、屋根の上へと逃れた。

 彼は改めて血族となった自分自身に驚愕していた。体は羽根のように軽く、パンチはハンマーのように重く、鉄壁の抵抗力は汚染霧雨の毒性をも受け付けないのがわかる。鎮圧弾の軌道すらも肉眼で捉えられる。

「スクリーマーを殺したか」

 屋上の数メートル先に背広姿の男が立っていた。

 身長二メートル超のヒグマめいた巨体で、腕まくりしたワイシャツから機械の両腕をさらしている。胸に着けたバッヂはスクリーマーと同じく翼を意匠化したものだが、色は銀色だ。

 男は弾倉を機械化右腕にセットし、レバーを引いて装填した。
 ジャキッ!

「古鉄《こてつ》家のパイルドライバーだ。カトリ警備保障社の責任者をしている」

「……」

 パイルドライバーは黙ったままの日与に眼を細めた。

「名乗り返さぬということは、いまだ血族として名を持たぬか。説明を聞く前にスクリーマーを殺ったな」

「お前もそうするさ」

 パイルドライバーは小さく笑った。

「だがまずは目の前の男が事情を説明するのを待つべきか……と考えているだろう? 推理小説の犯人のようにペラペラとな」

 日与は答えない。パイルドライバーは肯定と受け取って続けた。

「貴様はたった今、血族となったのだ。人狼、魔女、妖怪、神獣……歴史上さまざまな名で呼ばれておった怪物の末裔に。血族は吸血鬼のごとく人間を眷属にして増える」

 パイルドライバーは日与を指差して言った。

「貴様が授かったのは血羽《ちばね》家の血。鳥人の血を継ぐシンプルな肉体派だ」

 次に自分のほうを親指で指した。

「俺は機械人間の古鉄家。先祖は鎧武者の妖怪だそうだ。いずれにしろ人間の血族化はまれなことでな。大体は何も起こらんか、変異のショックで死ぬか発狂する。貴様は大変な幸運の持ち主なのだぞ。さて、ここからが肝心だ」

 パイルドライバーはひと呼吸置き、朗々と語り始めた。

「貴様はとっくに気付いておったはずだ。この市《まち》は巨大な畜舎であり、人間は生まれながらに家畜であると。では人間らが牛馬のごとく酷使されておるあいだ、馳走を食らってシルクのベッドで眠っておったのは誰だ? ツバサの重役どもか? 閉鎖区画《フォート》の住人か?」

 パイルドライバーは芝居がかって両手を広げた。

「否! 人間である以上は所詮家畜に過ぎぬ。支配者は我ら血族なのだ! 貴様は血を授かり、我らの身内となる栄誉を得たのだ。ツバサに忠誠を誓え! さすれば手に入らぬものなどないぞ!」

 日与は何気ない様子で聞いた。

「例えば……霧雨病を治す方法なんかもあるのかい?」

「血族は霧雨病にはかからんぞ」

「例え話さ」

「ふうむ、家族か恋人でも治したいか? 俺は知らんが、そんな能力を持つ血族がどこかにいるかも知れん。我らの配下に加われば探しやすいぞ。スクリーマーを秒殺した貴様は見込みがある! さあ、返事を!」

「オーケー、ありがとよ。じゅうぶんだ」

 手を振る日与にパイルドライバーは片眉を吊り上げた。

「というと?」

「残りはテメエの頭を引っこ抜く前に全部吐かせるってことさ」

 日与の目には更なる怒りがたぎっていた。目の前にいるのはツバサの手下だ。つまり両親の仇であり、明来の将来を奪った連中である。従う気など最初から毛頭ない!

 両者の合間に空気が歪むような殺気が溢れ出した。汚染霧雨を浴びながらじりじりと間合いを計る。

 パイルドライバーが右腕を持ち上げ、拳を日与に向けた。

 ガォン!!
 砲声じみた火薬炸裂音とともに拳が杭打ち機めいてピストン射出された!

 日与はとっさにその場から飛び退いてこれをかわす。

 パイルドライバーはさらに杭打ち拳を浴びせた。空薬莢が排出し、拳が連続ピストン射出される!
 ガォン! ガォン! ガォン!

 拳がぶつかった屋根が大きく凹み、クレーターとなる。

 日与はパイルドライバーの拳が引き戻される一瞬の隙を突いて懐に入った。相手の胴体に機関銃じみたパンチの連打を浴びせる。

「オオオオオラァアアアア!」

 ズドドドドドドドドドド!
 だがパイルドライバーの鋼鉄の体はビクともしない。ダメージが通らない!

 パイルドライバーは右手で日与の首根っこを掴むと杭打ち機を作動! 屋根に向かって叩き付けた!

 ドゴン!

「ぐああーッ!」

 ふたりは屋根を突き破って倉庫内へとともに落下した。

 埃がもうもうと舞い上がる中、パイルドライバーは床から立ち上がり、己の手の中を見た。ちぎれたブロイラーマンの上着のみだ。それを捨て、弾倉を交換しながら日与を探す。

 日与は苦しげなうめき声を上げながら、這いずるように建物奥へと逃れるところだった。

「うぐ……」

「俺は寛容だぞ。気が変わったのなら言え!」

 悠々と迫って来るパイルドライバーに、日与は振り返って手元の機械のレバーを下ろした。日与はその機械の使い方を知っていた。工業高校の実習で学んだからだ。

 頭上にぶら下がっていた貨物用クレーンの強力電磁石が作動し、パイルドライバーの巨体がふわりと浮かび上がった。

「オオ!?」

 ガチャリ!

 パイルドライバーの体は磁石に吸いつけられた。

 日与はパイルドライバーの真下に入った。大きく屈むとスラックスが弾けそうなほど両腿の筋肉が膨れ上がる。
 ググググ……!!

 授かった血は記憶している。その技を。使い方を。

 対物《アンチマテリアル》パンチ!

「オラアアアアア!」

「うおおおお!」

 パイルドライバーは撃墜すべく拳をピストン射出させる。拳同士が激突!

 ガキャアアア!
 日与の拳が相手の拳を打ち砕き、さらにパイルドライバーの胴体を突き上げた。

 パイルドライバーの巨体は衝撃で真上に突き上げられ、クレーンの鎖を引きちぎって天井へと叩き付けられた。

 クレーター状にへこんだ天井から床に落下し、ズシンと地響きを上げる。

 日与は大の字になったパイルドライバーのほうへ歩いて行った。パイルドライバーの背後からヘッドロックをかけ、ねじり上げる。

 パイルドライバーは手足をばたつかせてもがくが、ちぎれた右腕と胴体の穴からオイル交じりの血液がとめどなくあふれ、力が入らない。

「お……俺を殺せば血盟《けつめい》会が貴様を生かしておかんぞ!」

「質問の手間を省いてくれてありがとよ。血盟会ってのがツバサを操ってるのか。そこに血族は何人いる?」

「ググ……」

 日与がさらに力を込めるとパイルドライバーの首関節が軋みを上げた。パイルドライバーは観念した様子で呟いた。

「お、俺を入れて十二人……」

 日与は胸いっぱいに空気を吸い込み、声を張り上げた。

「血盟会の連中、聞いてるか! テメエらは俺の両親! 兄弟! 俺自身! すべてを踏みにじりやがった! それでも所詮は家畜の一匹や二匹としか思ってねえんだろう! だが待ってやがれ……」

 狂ったようにもがくパイルドライバーの首関節部品がバキバキと音を立てて折れ、コードがちぎれて激しくスパークする。

「やめろ! やめろーッ!」

 日与は全身の力を込めて背を仰け反らせ、絶叫した。

「その家畜の一匹が今! お前らを殺しに行くぞォオ――――ッッ!!」

 バギバギボギィッ!

 パイルドライバーの首が蝶番じみて真後ろに折れ、ちぎれた。

 生首を投げ捨てた日与は、立ち去ろうとしてその場にがっくりと膝を突いた。受けたダメージは小さくない。

(くたばってる場合じゃない! 俺の正体がわかったらツバサは必ず明来を狙ってくる!)

 ドローンが目の前に舞い降りた。

「急いでください! すぐに増援が来ます」


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