15.VS.インフェルノ(1/2)
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1/2
紅殻町工業フォート、工業区北。
工場の車庫に五人の少年たちが立て篭もっていた。フォート内にある工業高校の生徒たちだ。
シャッターを閉ざし、その前に倉庫にあった古い冷蔵庫やテーブルなどを積み上げてバリケードにしたが、それも長くは持ちそうになかった。
「「「ア゛ー」」」」
倉庫前に殺到したアンデッドワーカーたちは一心不乱にシャッターを叩く。そのたびに錆びて緩んだ金具がギシギシと不安げな音を立てる。
廃車の陰に隠れていた気弱そうな少年が泣き声を上げた。
「もうダメだ! おしまいだよ! 終末の神様ぁ!」
シャッターの覗き窓から外の様子を覗いた、別の少年が叫ぶ。
「イチかバチかだ。打って出よう」
別の少年が怒鳴る。
「正気か?! 食われちまうぞ!」
「じゃあここでこのままあいつらの餌になるのか?」
メキメキメキメキ……! ガシャア!
アンデッドワーカーは数に物を言わせ、とうとうシャッターを押し破った。新鮮な血肉を求めて倉庫内へと雪崩れ込むアンデッドワーカーに対し、少年たちが工具やバットを構えて絶望的な抗戦の構えを見せたその時!
「ピュィイ――――ッ!」
甲高い口笛の音がし、アンデッドワーカーたちは振り返って白濁した目をそちらに向けた。
その瞬間、黒い影がアンデッドワーカーの合間を超高速でジグザグにすり抜けた。その影は倉庫の中で立ち止まった。
カタ、カタ。
骨の刀に変形していた右腕が、折り畳みナイフじみて収納され元の形状に戻る。
その場にいたアンデッドワーカーたちの首がずるりと落ちた。腐った血液を噴き出しながら倒れる。
その人影が駆け抜けながらすべての首の切断したのだと、少年たちは遅れて理解した。
逆光を浴びたその姿は黒いゴス風スーツ姿で、フードを被り、口元をドクロ柄のマスクで覆っている。ドクロの右頬には真っ赤なキスマーク。死神めいた姿だ。
「助けに来たよ!」
人影は言った。
少年の一人がごくりと唾を飲み、バットを構えながら言った。
「お……お前は!?」
人影はフェイスマスクに指をかけて下げた。彼らと年の頃の変わらない、美しい少女の素顔が、少年たちをはっとさせた。
「私はリップショット。闇を駆る者! ……フフッ、今日はちゃんと言えた。来て! 貨物鉄道のターミナルに電車が待ってる」
少年たちは顔を見合わせたが、リップショットが先に倉庫を出ると、恐る恐るその後をついていった。
* * *
リップショットは少年たちを護衛しながら、彼らを鉄道線路に沿って走らせた。
アンデッドワーカーたちが立ちふさがれば、リップショットは容赦なく二丁のサブマシンガンで銃弾を浴びせた。アンデッドワーカーから奪い取ったものだ。
町工場が建ち並ぶ路地を抜けると、フォート内貨物鉄道のターミナル駅が見えてきた。そこに貨物電車が停まっている。
電車に牽引されたコンテナ車にはリップショットが先に救出した人々が乗せられていた。ほとんどは逃げ遅れた老人や子どもたちだ。
リップショットは少年たちをコンテナ車に乗せ、サブマシンガンの弾層を交換しながら彼らに聞いた。
「他の生き残りは?」
「みんなゾンビに食われちゃったよ。クラスメイトも、先生も……」
気弱げな少年がグスッと鼻を鳴らし、涙を拭った。それからすぐにリップショットに笑顔を向けた。
「あのさ……キミって彼氏いる?」
別の少年がその頭を叩いた。
「何聞いてんだお前!」
「アハハ……もう、男の子ってば」
リップショットは苦笑いし、電車の運転手に手を振って言った。
「どこへ行けばいいかわかるよね」
「居住区に入ったら地下鉄に降りて天外駅方面へ。途中の非常階段から地上に出られる、だろ?」
「うん。じゃあ行って! 私は大丈夫だから」
電車は大きく軋みを上げてゆっくり線路上を滑り出した。
リップショットはもう一度素顔を見せて手を振った。
「扉は閉じておいて。アンデッドワーカーが入ってくるよ!」
だが男子校生徒の少年たちは争ってコンテナ車の出入り口から身を乗り出し、リップショットに向かって連絡先やアドレスを叫び返した。
「連絡してくれよ!」
流渡や日与とはタイプの違う男子たちだ。リップショットは呆れる一方で、勇気付けられる気もした。彼らの能天気さやしぶとさこそがこの雨ざらしの地獄における希望なのではないかと。どんなに辛い世界でも前向きに生きている人々はいる。
不意に、遠くにぽつと小さな火が灯るのが見えた。電車が向かう先だ。対抗車両のライトか? いったい誰が? そちらに目を凝らした瞬間、リップショットの血族としての本能がざわめいた。
リップショットはとっさにその場から飛び退いた!
その火は瞬く間に大きく膨れ上がってこちらに勢い良く向かってくると、電車を丸ごと飲み込んだ。
グワアァ―――ン!!
車両は爆発炎上し、リップショットは木の葉のように吹っ飛ばされた。
すべては一瞬のことだった。
「ハァー、ハァー、ハァー……」
リップショットはうつ伏せに倒れたまま、茫然自失として路肩の砂利を握り締めていた。線路を外れて横倒しになった車両は黒煙を上げて燃えている。
「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」
自分の呼吸が徐々に浅く荒くなっていくのを、彼女はどこか遠くで聞いていた。
揺らめく炎の中から、線路の上を歩く人影が現れた。それは紅蓮の炎で出来た、人型の狐であった。燃え盛る全身は常に揺らめき、おぼろげな輪郭をしている。
狐は二本の足で立ち上がり、言った。
「狐火《きつねび》家のインフェルノ」
リップショットは立ち上がった。全身が怒りに沸騰した。
「ああああ!」
悲鳴のような叫び声を上げながらサブマシンガンを構え、連射!
パララララララ!
だがすべての銃弾はインフェルノに届くと同時に、フライパンに落とした水滴のようにジュッと音を上げて蒸発した。
インフェルノの揺らめく炎の鎧が解かれ、人間の姿になった。髪の長い背広姿の男だ。銅色のバッヂを着けている。
「こっちは名乗ったぞ。お前も名乗ったらどうだ?」
「聖骨家のリップショット! 滅却課だな!」
「いかにも。俺が副課長だ」
インフェルノは目を細めた。
「お前がアンボーンの血を継いだという娘か? ハハハハ……貴様の首は会長へのいい手土産になる! うちの課の予算も倍増だ!」
リップショットは返事代わりに再びサブマシンガンを連射!
パラララララ!
ボンッ!
男は爆炎に包まれ、その姿は再び二足歩行の狐となった。身に纏った炎が銃弾を蒸発させる!
インフェルノは大きく手を振った。
ブオン!
炎の手が鞭のように伸びて眼前を薙ぎ払う!
リップショットはジャンプしそれを飛び越えてやり過ごした。炎の鞭に溶断された踏切警報機が傾き、リップショットのほうに倒れてきた。
着地したリップショットはすかさず地面を転がってかわす。電線が引きちぎれ、バチバチと火花を上げた。
倒れた警報機を見てリップショットは戦慄した。鉄柱すらバターにナイフを入れるがごとく易々と溶断する炎! 例え血族の体であっても同じ運命を辿るだろう。
インフェルノが繰り出す炎の鞭をひらひらとかわしながら、リップショットは隙を見て先ほど倒された警報機を持ち上げた。それを投げ槍のように相手に向かって投げつける!
「イヤーッ!」
インフェルノは右の掌をそちらに向けた。
ジュウウウーッ!
手に触れた端から警報機はホットプレートに押し付けたアイスキャンディのように溶け落ちた。溶鉄となって地面にこぼれ、広がって行く。
強い! これまで戦ってきた滅却課血族とは比べ物にならない!
インフェルノは泥水でも払うように右手の溶鉄を振り払い、いぶかしんだ。
「なぜあの能力を使わない?」
「?」
いぶかしげな顔をするリップショットに、インフェルノは目を細めた。
「なるほど。お前は血を授かったばかりでまだ使えないわけだ、他の血族の能力を封じる能力とやらは」
インフェルノは残忍に笑った。
「それなりに慎重になっていたんだがな、その必要もなかったわけだ! 骨まで焼き尽くしてくれる!」
ボムッ!
背中側で起こした爆炎を推進力に、インフェルノは一気に肉薄した。接近状態で小刻みにチョップを繰り出す!
髪を撫でるように軽い動作だが、触れればそれだけで相手を焼き切れるから大振りする必要がないのだ。
リップショットはインフェルノの発する猛烈な熱気に煽られながら、攻撃をギリギリの身のこなしでかわす。防ぐことも反撃することもできない!
避け切れずチョップがかすめた部分に火傷を負い、防戦一方のリップショットは徐々に追い詰められて行く。一方、最小限の動きしかしていないインフェルノは少しの息切れもしていない。
インフェルノのチョップをかわし切れず、リップショットは左肩から右腰へと浅く受けた。炎の刃がゴス風スーツを焼き、肌が焼かれて血が噴き出した。
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