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嵐の前(2/4)

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2/4

「前議長のF.Fと他のメンバーが集め、命がけで守り通したデータだ。彼らの勇気を称えよう。身を挺してデータを持ち帰った佐池刑事にも……」

「待って」

 永久が遮った。

「話の腰を折って悪いけど、その前に常盤《ときわ》花切《かぎり》という刑事を殺したのは誰? 彼女、反血盟議会のメンバーだったんでしょ?」

「常盤花切は自殺したんだ。間違いなく。血盟会を探っているうちに追い詰められ、逃げられないと悟って自分で自分の頭を撃った」

「ウソよ!」

「本当だ。本人に説明させる」

「本人って誰よ?」

 キッチンからまたパリンという音が聞こえた。酉田はそちらに向かって叫んだ。

「おい、コーヒーはいい! 来てくれ」

「はーい」

 間延びした女の声がした。キッチンからやってきたのは没個性な容姿の女だ。永久は彼女を見つめた。知らない顔だ。

「えっと……?」

 不意に女が倒れ、そこから別の女の姿が浮かび上がった。永久は文字通り幽霊でも見るように、幽体離脱めいて現れたその女を見た。

 女の体はぼんやりと青白く光り、透き通っている。豊満なスタイルで、ハイネックセーターの胸元がまん丸に盛り上がっていた。

 永久が手に持っていたトレンチコートが床に落ちた。

「花切さん……?」

「永久」

 花切は宙をふわふわと浮かんでいる。人魚が水中を泳ぐようにして恋人の近くへ来ると、微笑んだ。

 永久は震える手を花切に伸ばした。涙が次々にこぼれ落ちた。手を伸ばしたままがっくりとひざまずいた永久を、花切はそっと抱いた。その手は永久の体をすり抜けた。

 永久は自分の肩を突き抜けている花切の手を見た。

「その姿は……」

「私はあなたに会うずっと前から反血盟議会のメンバーで、血族でもあったの。でも血盟会に察知され、追っ手がかかった。逃げられないとわかったから、肉体を捨てて自殺したように見せかけたの」

「何で教えてくれなかったの!」

「あなたにはこの件に関わって欲しくなかった。なのに、あなたはとうとうここまでたどり着いてしまったんだから。ほんと、呆れるわよね」

 永久は涙を拭った。

「会いたかった」

「私もよ。ずっと、ずっと会いたかった。あなたを思って幾夜も涙を流した」

 花切は微笑んだまま、青白く光る涙をこぼした。その涙は床に落ちると光を散らして消えた。

 昴がもらい泣きをする。彼女の肩に手を置いた日与の目元にも、光るものがあった。

 花切がちらりと日与と昴を見た。

「二人とも、ここまで永久を助けてくれてありがとう」

「あ!」

 昴が突然声を上げた。天外連続神隠し事件を思い出したのだ。

「花切さんが〝五人目〟! あのときあそこにいたんですね!」

「ええ。血盟会に属する夢渡《むと》家の血族が、材連《ざいれん》に血を授けたという件を調査しててね(*)。日与くんにメッセージを送ったのも私」

(*『六〇六号室』参照)

 日与がピンときた顔をした。

「そうか、あのとき俺に憑依してたのか。だからブギーマンの世界に入れたんだ」

「憑依していたっていうか、ただあなたの中に入ってただけね。意識のはっきりしている人の体は乗っ取れないの」

 日与は頷きながら花切の胸を凝視した。

(あんなデカイもんがどうやって俺の中に入ってたんだ?)

 花切は日与に微笑み、触れることの出来ない手を永久に伸ばした。

「さあ、涙を拭いて。一つずつ説明して行きましょう。その前にみなさんに自己紹介ね。常盤花切、血族としての名は鬼霊《きりょう》家のゴーストクォーツ。みんなが多くの犠牲を払って調べた調査結果を発表するわね」

 空中で足を組んで座るポーズを取った花切が、指をひと振りした。するとひとりでにパソコンのマウスが動き、キーが見えない力によってカタカタと叩かれた。鬼霊家の能力、ポルターガイストだ。

 スクリーンに投影されたデータが移り変わった。

「まず鳳上赫の能力だけど、病をバラまく能力ね。それを患った人間は鳳上赫に生命力を奪われ、やがて衰弱死してしまうの。つまり、それが霧雨病の正体なの」

 日与が言った。

「命まで搾取してるってことか? 人間から」

「そう。血族はかからないけどね。鳳上の力は絶大よ。何万もの人々から少しずつ徴収した生命力を自分の中に蓄えているからね。それを失ったとしても、いくらでもまた吸い上げることができる。不死身に近い能力なの」

「クソ野郎。どこまで絞り取りゃ気が済むんだ」

 日与は霧雨病を患った兄を思い、怒りを滲ませて吐き捨てた。

 昴が手を上げて発言した。

「だけど聖骨家の能力ならそれを遮れるんだよね?」

「そう。鳳上赫があなたを恐れている理由がそれ」

 また花切が指を振ると、データが次のものに代わった。それは天外市の地図で、市《まち》のあちこちに×印とデータが書き込まれていた。

 酉田がレーザーポインタで指し示しながら言った。

「肋組と傭兵らがいっせいに血盟会の拠点を叩く。血盟会メンバーがそちらにかかりきりになっている隙を突いてブロイラーマン、リップショットが鳳上赫の邸宅へ向かう」

 日与が言った。

「九楼がよこしたメモの住所だな?」

「ああ。黄泉峠《よもつとうげ》の比良坂《ひらさか》。郊外にある廃墟の町だ。これはドローンで撮った画像だ。確かにタワマンの屋上に鳳上赫の姿が確認できた」

 スクリーンに不鮮明な画像が表示される。タワーマンション屋上に人影があった。

「罠じゃないの?」

 いぶかしむ昴に、日与は腕組みして言った。

「罠だとしても鳳上はそこにいる。あいつは逃げも隠れもしないさ、自分の強さに絶対の自信があるはずだからな。準備万端で待ち構えてようが俺は行くぜ」

 酉田は語気を強めた。

「奴を倒し、霧雨病をこの世から根絶することが議会の悲願だったが、我々の側には血盟会に対抗できる戦闘タイプの血族がいなかった。ブロイラーマン。リップショット。議会はずっと君たちのような血族が現れるのを待っていた」

 花切が日与たちに眼を向けた。

「強い意思を持ち、人間の側として戦ってくれる血族の戦士たちを。そして永久。この二人をよく見出し、導いてくれたわ。本当にありがとう」

 肋が同意した。

「我々からも感謝の言葉を。ブロイラーマンとリップショットの二人がこの戦争を終わらせる切り札なのだ」

 斬逸が手を上げた。

「あー、ちょっといいか。俺たち雇われ者の報酬は?」

「それは肋組が払おう」

 肋が言った。

「人斬り斬逸の名は聞いている。このままうちの組員にならないか? 優遇するぞ」

「いや、これを最後にカタギになる予定でしてね。悪いけど」

 一同はさらに細かく話し合い、役割を分担した。

 決行日は三日後に決まった。会合が済むと肋が解散を宣言し、それぞれ市《まち》へと散って行った。

 退室する前、流渡は昴を見た。その隣には当然のように日与がいて、昴は流渡と一緒にいたときには見せなかった表情を見せている。

 日与を見る流渡の眼には暗い感情が宿っていた。

「じゃ、またあとで、昴」

「うん、またね……」

 流渡と組員たちは部屋を出た。

 永久は花切と一緒に先に帰ると日与たちに告げた。いつもの毅然とした永久に戻っている。

 花切は最初に見せた没個性な顔立ちの女の体に入っている。この仮の体はマネキンで、花切はふだんその中に入っているようだ。


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