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嵐の前(1/4)

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「永久さん! 日与くん!」

「ああ、昴ちゃん! 無事で良かった」

 永久は泣きそうな顔で昴を抱き締めた。

 日与は昴が自分にも抱きついてくるものかと思い、身構えたが、昴は手で日与の頭を犬のように撫でた。

「日与くんもいいコいいコ」

「やめろって」

 日与は身をよじったが、すぐに笑った。昴の手を握ると、男友達にやるように大雑把に抱き寄せた。

「紅殻町のことはすまなかった」

 昴は少し涙ぐんで微笑み返した。

「ううん。私に謝ることないよ。とにかく二人とも生きててくれてホントに良かった……」

 日与は永久に頭を下げた。

「永久さん、すまない。俺は勝手なことをした」

「私も。助けたい人がいて……」

 永久は大仰に驚いた顔をした。

「不良少年たちを更正させたわ! 少年課に転属しようかしら」

 日与がうんざりした顔をする。

「何だよ、もう」

「冗談よ。言ったでしょ。私たちはチームで、手柄も罪も失敗もみんな一緒。ほら、ナデナデしてあげる」

 永久と昴は憮然とした顔の日与の頭を撫でた。

 日与たちがいるのは天外市外某所の団地跡で、肋組の隠れ家の一つだ。肋組の組員のほか、反血盟議会メンバーなど多くの人々が集まっていた。正確には人々と、血族たちが。

「あいつとはどうなった?」

 日与はテーブルの向かいに立っている流渡を見て昴に言った。

 昴は少し言いよどんだ。

「うーんと……まあ、一時的には仲直り」

 日与は流渡に鋭い視線をやった。

「テメエがやったことは忘れてねえぞ」

「お前もこっちの身内を殺しただろう」

 流渡は敵意も露に言った。日与が昴を抱き寄せた瞬間から、彼は明らかに苛立っていた。

 剣呑な視線のぶつけ合いをする二人のあいだに永久が割って入った。

「ケンカしに集まったんじゃないわよ」

 日与はフンと鼻を鳴らして流渡を一瞥したあと、永久の隣にいる女に眼をやった。ストローを咥え、ミルクティーを飲んでいる。

「……で、何でテメエは生きてんだ?」

「あなたに〝この能無しのニワトリ頭野郎〟と言うためですよ」

 疵女は怒りを滲ませた眼を日与に向けた。

「九楼を逃がしたそうですね? この能無しのニワトリ頭野郎」

「彼女、きのう私のところに来たの」

 永久が言うと、疵女は自分の額を指差した。

「永久さんの顔と、天外市警の人ってことを憶えてましたから。ハッカーを雇って市警のパソコンに侵入してね」

 日与は永久にクラスの嫌われ者をパーティに呼んだ友人に対するような眼を向けた。

「何で連れてきたんだよ?」

「血盟会を裏切ってあなたを助けてくれたんでしょう? 捨て駒でもいいから使ってくれって言うから」

 疵女は頷いた。

「私は私で血盟会に復讐したいんです。理由はヒミツですけれど」

 日与は永久に呆れた。

「あんたは女に甘すぎるぜ。そいつはあんたの腹を刺したんだぞ」

「戦力が少しでも必要でしょ」

 そのとき流渡のスマートフォンに着信があった。彼は通話に出て短く話すと、ハンズフリーモードにしてカメラを正面に向けた。

 流渡は一同に向かって声を張り上げた。

「静かに! 組長がお話になられる!」

「ああ、聞こえているかな? このような形での出席になってしまい失礼」

 流渡のスマートフォンが声を発した。岩のようないかめしさを感じさせる男の声だ。

「肋組組長、肋《あばら》十屍郎《じゅうじろう》だ」

 日与が言った。

「あんたの顔なら知ってるぜ。こないだテレビに出てた」

「口の聞き方に気をつけろ!」

 流渡が日与を睨む。だが肋はいたって気さくに続けた。

「こないだの裁判のときかな。あの背広、キマっていただろう? テレビに映るだろうと思って仕立てたんだよ」

 ガチャンと食器を割る音がキッチンからした。漂ってくる香りからすると、誰かがコーヒーを入れようとしているらしいが、ひどい手際だ。

 玄関のチャイムが鳴った。見張りをしていた組員が覗き穴から確認し、玄関ドアを開けると、車椅子に乗った男が二人の部下を連れてやってきた。

 車椅子の男は四十歳くらいで髭を生やし、眼鏡をかけている。彼は部下に車椅子を押されてテーブルまで来ると、一同を見回した。

「遅れてすまない。反血盟議会の酉田《とりた》だ。F.Fの後を継いで副議長から議長に格上げされた。最初に確認しておくが、この場の全員が血盟会への抵抗者で間違いないな?」

「ああ。でもあいつらが味方とは思えねえな」

 日与は流渡のほうに顎をしゃくった。

 肋組は国内では屈指の勢力を誇る暴力団だ。これまでは血盟会によって天外への進出を阻まれていたが……

「鳳上赫を倒して血盟会が崩壊したとしてもだ、その後釜に肋の連中がついたら同じことだろ?」

 肋が答えた。

「例えそうだとしても、君たちは我々の手を借りるしかない。血盟会はブロイラーマンの手にかかって多くの欠員を出したが、そのたびに補充されている。全員を君たちだけで排除するのは不可能だ。人斬り斬逸、君はそのへん詳しいんじゃないか?」

「まあな」

 そう同意したのはライダースジャケット姿の斬逸である。

「血盟会の定席は十二人。けっこう出入りが激しいんだが、上位五名の古参は常に不動だった。九楼は倒したそうだが、まだヒッチコック、アンチェイン、ゴートスケープ、梔子《くちなし》がいる。あいつらは一筋縄じゃいかんぜ。特にヒッチコックは別格だ」

「一時的に手を組むのよ、日与くん」

 永久は日与に言った。

「大丈夫、あなたさえいれば肋組だってそう簡単に手は出せないでしょ?」

「生きて帰れるかどうかわからないのに?」

「生きて帰るのよ。必ず。これで終わりじゃない」

 肋が言った。

「鳳上赫を倒すまで肋組は君たちの敵にはならないと約束しよう。その後のことは後で考えればいい。思惑は色々だろうが、いったんは全員が手を組むのだ。まだ反論があるかね?」

 発言する者はなかった。

 肋は続けた。

「では酉田さん、頼めるか」

「うむ」

 酉田が全員に向かい直った。

「反血盟議会はもともと労働組合の寄り合いにすぎなかった。それがツバサ重工を訴えた者、逆らった者などを支援しているうちに血盟会に目をつけられ、地下に潜ったのだ。これまで多くの犠牲を出しながらも息を潜め、反撃の機会をうかがってきた」

 酉田は部下に命じ、壁にかかったスクリーンにデータを投影させた。F.Fの義眼に仕込まれたメモリのデータである。


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