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【ショートショート】ホテルニューホンダ

ホテルニューホンダを御存じだろうか。
「建物価格が無料だったんです」本田敬司(38)は笑う。本田が統廃合で閉校した学校の校舎を買い取ってホテルを開業したのは半年前のことだった。ホテルと言っても何もない。食事の提供はないし、冷暖房もなく、ベッドもない。宿泊者は支給される段ボールを使って、旧教室内に間仕切りや寝床を作る。唯一、保健室を改装してシャワー室を造った。宿泊料は一晩1000円だ。
「大赤字ですよ」本田は言う。「土地代はタダじゃないですし。でも暑さ寒さはどうにかなっても臭いだけはどうしようもなくて。建物には一切手を入れないつもりだったんですが、シャワーだけはつけました」
社会起業家の本田は、かつて大企業のエリート社員だった。しかし、過度のストレスから失踪した経験がある。記憶喪失を伴う解離性遁走と呼ばれるものだった。2年もの間、各地を転々とし、所持金が底をつくとホームレス同様の生活を送った。そのときの経験がホテルニューホンダに活かされている。
「大企業では、自分を見失っていました。いや、自分を見失いやすいんですね。組織が巨大すぎて目的が見えない。手続きのための手続き、根回しのための根回し。今で言うブルシットジョブですね。方法という悪魔に捕まって、目的という大事なものを見失っている。これでいいのかと。心の中のリトルホンダに何度も問いかけました。これでいいのかと」
「ホテルニューホンダは社会に必要です。そう確信しています。会社でも家庭でもない第三の場所、サードプレイスが人々には必要なんです。ここでは安価な代わりに何も提供しませんし、維持管理コストは限りなくゼロです。今は苦しいですが、なんとかビジネスモデル化したい」
行き場を失った人たちが一晩だけでも過ごす場所。叙々に宿泊者は増えはじめている。先月にはNPO団体から毛布の提供もあった。本田の挑戦は始まったばかりだ。ホテルニューホンダへようこそ。(R2.4.22日成新聞)

「おそらくカクテルに睡眠薬を入れられていたのだと思います。私は記憶を失うほどお酒を飲むことはありません。気がつくと廃墟のような、なにか学校のようなところにいました。とても暗く、段ボールのようなもので仕切られている不気味な部屋でした。」
「私は裸同然の格好で、そこにいました。最初に感じたのは酸っぱいような、鼻につく強烈な臭いでした。しばらくして落ち着いてくると、段ボールの向こう側に人の気配を感じました。耳を澄ますと寝息が聴こえてきました。私は怖くなって、タイミングを見計らい、そっと逃げようとしました。」
「そのとき、暗闇の中で男が叫びました。逃げたぞ!その瞬間、暗闇から無数の手が伸びてきて私を取り押さえようとしました。私は必死にその手を払いのけて、段ボールの壁を突き破って逃げました。教室を飛び出し、階段を二段飛ばしで駆け下り、着の身着のまま校庭に逃げ込みました。後ろから何人もの男たちが闇の中から追いかけてきました。その様はまるでゾンビそのものでした。私は命からがら脱出しました。そのあとのことはよく覚えていません。」

昨日未明、旧日下部小学校の校舎から出火し、全焼する火事があり、焼け跡から身元不明の男女4人の遺体が見つかった。警察は身元の特定を急いでいる。関係者によると周囲に火元はなく放火の可能性が高いという。
日下部町は商店が立ち並ぶ商業地区で、現場は一時騒然となった。近年はバイパスの完成で街の空洞化が進み、旧日下部小学校は児童減少により2年前に閉校していた。
地域住民によると旧小学校はその後個人に移譲され、ホテルが営業されていたとのことだが、所有者は旅館業法の許可を受けておらず、消防設備の設置状況など所有者への事情聴取を進めている。警察は容疑が固まり次第、書類送検する方針。所有者は社会正義のためにやった、などと訳の分からないことを供述しているという。(R2.9.25日成新聞)

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