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【超短編小説】一筆の救い

芸術に一筋の男だった。彼は亡くなる前、このようなことを私に言った。

「真の芸術とは可視化できない抽象的なものの意味を読み解き、それを人間が表現することで完成するのだ」と。彼の作品は抽象画が多く、その中でも特に地獄を連想させるおどろおどろしい色合いが使われることが多かった。しかし、彼の代表的な作品はシンプルなもので、「くもの糸」というタイトルがつけられていた。

この作品は、高さ1メートル、横2メートルの真っ白なキャンバスに、左右を分断するように黒い線が一本、一筆で描かれたもので、実に彼らしくない作品だった。彼がこの作品を語ることは結局なかった。唯一、彼が語ってくれそうな相手といえば私くらいだったが、芸術家に抽象画の意味を尋ねることはナンセンスであるという美学のもと、結局尋ねることもなかった。抽象的な概念は個々の内にこそあり、それは他の価値観と照らし合わせる必要などないのだ。

しかしどうだろう、私は「くもの糸」を見ていると、彼自身が地獄に落ちることを、まるで自覚しているかのような気がしてならないのだ。

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