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フィンランドの人、聞こえますか?

「七分袖のブラウスはありますか?」

「お弁当箱を留めるゴムバンドはありますか?」

「定期券入れとキーケースが一体になっているものはありますか?」

わたしは買い物で目当てのものが決まっている場合、すぐに店員さんに尋ねる。

サバンナの八木さんが、服屋さんに入るや否や入り口で「薄い色のジーパンありますかー?」と大きい声で叫んでいる、というのを聞いて参考にさせていただいた。

何を隠そう、わたしはお笑い好きである。








吉本興業の漫才師、和牛さんのファンだ。
和牛さんファンのことを仔牛という。

M-1グランプリで和牛さんが3年連続準優勝となったことは、漫才界における偉業である。

当時、ボケの水田さんが着ていた漫才衣装は、ネイビー地に白の特徴的な水玉柄だった。

宮川大助・花子師匠にプレゼントしてもらったというその特注スーツの生地は、マリメッコのものだ。

マリメッコとは、鮮やかで特徴的な柄を多数取り扱うフィンランド発のファッションブランドで、小物や雑貨も幅広く取り扱っている。

水田さんが数あるサンプルの中から選んだ生地は、「ユルモ」という名前。
フィンランドにある岩だらけの島jurmoユルモをモチーフに、大小の水玉で表現されている。

遠目に見たらボーダーで、間近で見ると大小の水玉が重なり合っているこの柄を気に入った水田さん。
実際に出来上がったスーツを見ると、水玉が思っていた20倍ぐらい大きかった、というエピソードが可愛くて大好きだ。

水田さんがこの漫才衣装を着ていたのは3〜4年間と、意外と短い。
しかし、TVに多く出て認知度もぐんぐん上がっている頃の衣装なので、「和牛といえば水玉柄」というほど世間の記憶に残ったのではないかと思う。



仔牛であるわたしは、「水田さんの漫才衣装と同じユルモ柄の品物を保有したい。ユルモ柄の品物に囲まれて過ごしたい」という感情に支配された。

阪神ファンが黄色と黒の縦縞柄に身を包むのと同じ心理だ。

マリメッコの店舗に行き、店員さんに尋ねた。
すみません、ユルモ柄の品物はありますか?

「お品物、ですか?」
戸惑う店員さん。

雑貨屋さんで「品物が欲しい」と言う客が珍しかったのだろうか。

「お品物と言いますと…、例えばマグカップやタオルなど、様々なお品物がございますが」



何でもいいです。品物です



ユルモ柄であれば、歯ブラシでもちりとりでも銅像でも何でもいい。

店員さんは社用パソコンを使って調べてから、言いにくそうに告げる。
「あいにく、ユルモ柄のお品物はお取り扱いがございません。生地のみのお取り扱いとなります」

ここですぐに引き下がるわけにはいかない。

現在取り扱いがない、というのは、今たまたま欠品なのか。
それとも、製造自体がされていないのか。
今後製造される可能性はあるのか、ないのか。

嫌な問い詰め方をする変な客だと自覚はしている。

変な客につかまった可哀想な店員さんは答える。
「フィンランドから輸入しておりますので、今後の販売予定などはあまり読めないんです。しばらく製造がなかった柄が、急に再販になることもありますが、はっきりと申し上げることはできません」



フィンランドか遠いな



わたしがいつも店員さんに売り場を尋ねるのには理由がある。

店内を無駄にウロウロせずに、直線距離で買い物ができる。

それだけではない。

店員さんに尋ねることにより、その品物の取り扱いがない場合は、ニーズを知らせることができる。

「お弁当箱を留めるゴムバンドはありますか?」と質問することで、ニーズがお店側に伝わり、今後お弁当バンドを入荷してくれるかもしれない。





わたしは京阪神のマリメッコ複数店舗に毎週のように足を運んだ。

ユルモ柄の品物はありますか?
取り扱っていない、というのはどの程度のニュアンスですか?
ニーズが多くあれば製造されるのですか?

店員さんはどの店舗でも同じような対応だった。

フィンランドがどのくらい遠いのか分からない。
何語を話すのかも分からない。

それでも、フィンランドのマリメッコ本社まで轟くように、仔牛の声を届けるしかない。





フィンランドの人、聞こえますか?





ブラックリストスレスレの地道な活動を続けるも、ユルモ柄のトートバッグもハンカチも未だ販売されない。

わたしが通う店舗の中には、社内資料をファイリングした分厚い卒業アルバムのようなもののページをめくりながら、変な客のしつこい質問に答える店員さんもいた。

ふと見たそのファイルの表紙はユルモ柄だった。



え、これユルモやん。ここにあるやん



友達でも何でもない店員さんに対して、つい関西弁のタメ口を聞いてしまうほど、取り乱してしまった。

聞くと、ユルモ生地を貼り付けて作ったオリジナルファイルとのこと。





フィンランドの人に声が届くまで、仔牛に残された選択肢はただ一つ。

「あいにく、ユルモ柄のお品物はお取り扱いがございません。生地のみのお取り扱いとなります」

品物はなくて、あるのは生地だけ。ということは?

「ええ。お作りいただくしか」





わたしは品物を作るしかない





品物って?

何でもいい。

とにかく品物だ。

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さて、次回の #クセスゴエッセイ は

「品物クリエイター」

をお届けします

お楽しみに〜
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