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カブトムシ屋で怒られた話

プロフェッショナルの人の、こだわりを見せつけられた、話。

カブトムシ屋のおじさん


 ことの初めは、4年前。

 当時、茨城県の研究所からの転勤が内定した。行先は岡山だ。わたしは岡山の出身でいずれは岡山の試験地に配属になる予定ではあった。ただ、想像以上に早いタイミングでの転勤だったので、少々驚いたものだった。

 それに合わせて、カブトムシの幼虫をもらった。

 と、だいぶん話が飛んだようだが…。

 元霞が関の官僚にして当時の研究所の庭師だったB氏からもらい受けたのだ。どんな会話からだったのかは忘れてしまったが、ある日B氏と会話していた時のこと。研究所内にある落葉を集めている場所に、カブトムシの幼虫がいることを教えてもらった。そのときに、わたしがカブトムシの幼虫についてB氏に興味深く尋ねた。ということがあった。

 それを覚えていたB氏が別れの選別にと、カブトムシの幼虫をくれたのだ。


 もらい受けた4頭のカブトムシは、年々数を増し、いまやその数、数十の大所帯である。


 そんな家庭の育った息子たちが、カブトムシに興味を持つのは自然なこと。その興味は国産カブトムシから徐々に外国産カブトムシへと広がり、ついに、昨年末、幼虫を得るに至る。

 カブトムシの王様、ヘラクレス・ヘラクレス。


 1年後の羽化が、いまから待ち遠しい限りである。


 実は、そのほかにも、オオクワガタの幼虫も手に入れた。

 ヘラクレスは長男。

 オオクワガタは次男。


 それぞれのためのものではあるが、世話は基本的に、わたしがやる。

 昆虫の世話なんて、まぁ、簡単だろうと思っていたのだが…、その油断が、命取りになるのだった。


ちょっと見てください


 ひょんなことから、その存在を知ったのは先月のこと。

 倉敷に、土日だけ開いている、カブトムシの専門店があるらしい。googleで検索すると、確かにヒットした。

 当然行ってみることにする。

 自分たちの飼育する幼虫を連れていった。雌雄の判別をしてもらえたらいいと思ったからだ。

 そこで、大目玉をくらうのだった。

すみませんでした


 クワガタは基本的に菌糸ビンをいうのを使って育てる。

 菌によって分解の進んだ細かい木片が、硬いプラスチックボトルに入ったものだ。一般的な幼虫育成マットでもかまわないのだが、菌糸ビンの方が栄養価が高いので、大きくたくましい成虫を育てるためには、それはベストだ。

 その菌糸ビンの扱いが、悪かった…。


 倉敷のカブトムシ専門店は、そこまで大きなお店ではないが、ログハウスの2階部分を改装したような作りだった。カブトムシ専門店と書いたが、実際にはカブトムシとクワガタを扱っていて、当然外国産も含まれる。

 時期のせいもあってか、店内には、あまりたくさんの種類のカブトムシやクワガタの成虫はいなかったが、それでもなかなか圧巻のラインナップだった。

 レジには店主らしき60過ぎの男性がいて、そのほかにも数名のお客がいた。かれらはいずれも年輩で、どうやらその店の常連のようだった。店主と親しげに話していた。

 先のカブトムシ専門店を訪れたわたしは、新しい菌糸ビンを買った。だいぶん食痕が進んだからだ。

 一緒に店を訪れた息子たちは、珍しい昆虫に見入っていた。しばらく時間がかかりそうだったので、店主に話しかけてみた。


 (いま、こんな感じなんですけど、どうですか。)


 わたしはそういって、うちの幼虫たちをカバンから出す。すると、店主はしばし、渋い顔をした。


説教


 菌糸ビンはもっと早く変えなければならない

 菌糸ビンに空気が入り過ぎると幼虫に悪い

 温度管理はできているのか

 積算温度は測っているのか


 あれやこれやと、矢継ぎ早にご指摘をいただきいてしまった。

 まいった、こんなはずじゃなかったのに…。


 強い指摘、というよりは、もはや説教である。周りの常連客も気の毒そうにこちらを見ていた…。

 けっこうココロにダメージを負った末、子どもらが満足した頃合いで店を退散した。


 お客として訪れたつもりだった。かしかし、実際には、高名な専門家に指導を仰ぎにいって、返り討ちにあったようだった。


プロであるということ。


 あれから数日たった今思うに、けっして嫌な気持ではない。むしろ、どこか清々しくもある。

 たぶんそれは、彼がプロだったからだ。

 客商売としてやっているわけではないのだろう。それが、普段なかなか会えない価値観のような気がして、面白く思えてくるのだ。


 「自分は専門家だから、相応のことを言うのだ」と彼は言っていた。

 まぁ、もう少しこちらに気を使っていただいても構わなかったのだが、それでも言っていることは正しい。

 彼自身の信条が、その言葉を言わせたのだろう。


 漫然と、やっているわけではない。そんな人の言葉にふれることができたことが、なんだかうれしい。


 今度行くときは、でっかく育てた成虫を連れて行ってやろう。

 メラメラと、闘志が湧いてきた。



 とりあえず、パネルヒーターを設置して、20度以下にならない環境を作ってやろう。

 はやくホームセンターに

 行かなければ…。


 

 

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