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竹取村のかぐや姫  五の章

五の章 

大伴御行

 あの「よっしゃ、わかった」と手を叩き、うっししし、うっひひひと奇妙な笑いをつくって、姫の屋敷をあとにした、大伴御行(おおとものみゆき)という大納言の物語がはじめよう。この人物もまた波乱に満ちたものだった。あの日、熱き思いが姫に通じて、とうとう姫と婚約できたと勝手に思いこんだ大納言は、屋敷に戻ると、さっそく家臣たちを居室に集めて命ずるのだ。
「わしは、これから唐の国に旅立つことにする。すぐにその準備をはじめよ」
 びっくりした家臣たちは、
「いったいまたどうして唐の国でございますか」
 すると大納言は、
「唐の国には、龍なる獣がいることは知っておったが、最近の情報ではそのなかに、首に五色の光る珠をつけたものがいるらしいのだ。この珠はとてつもない価値をもち、なんでも一国を買い取ることができるらしい。そこでわしはこの珠をとりに、唐の国に遠征することにしたのだ」
 そんな乱暴な話にはのれないと、家臣たちは口々に、
「いったいその情報とやらは、どこで耳にされたのでございますか。そんな話など私ども聞いたことがありませぬ。まさか化物じみた女の口車に、まんまとのせられたではございませんか」
「さよう。殿はおなごに弱い方であられるからなあ。だいたい龍なるものが実際に存在するものでしょうか。まして五色に光る珠をつけた龍なるものが」
「さよう、さよう。唐の国に渡ることがそもそも難事、さらにその上に龍を召し捕ってくるなどと、これはだいぶ殿はおつむにきているとしかいい様がありませぬが」
 と異をとなえる。すると大納言は、
「黙って聞いておれば、さんざんにいいたいことをいう。そもそも主君に使われる家来というものは、自分の命を捨てても、主君のいいつけをかなえようと思うのが当然ではないか。わしがやるといったらやるのだ。いくといったらいくのだ。お前たちはつべこべいわずに、ただわしの命ずることをしておればいいのだ」
 ともう大変な剣幕で怒りだすのだった。こう怒らせてしまったら、もはやなにをいっても無駄だった。しかたなく家臣たちはその準備をはじめた。
 この大納言は、すでにかぐや姫と婚約したと勝手に思いこんでいるから、姫と住む館のことまで考えるのだ。あの広壮な御殿に住む姫を迎えるには、それ以上の豪華な家を建てねばならぬと、屋根には七色に染めた瓦をつかい、柱にまで漆を塗り、部屋部屋には一流の絵師たちに絵を描かせるという館をあれよあれよという間に建ててしまうのだった。そして正妻や三人の側妻たちを、もうお前たちは古くなった、ご苦労であったと離縁して家にかえすという、もう開いた口がふさがらぬ狼籍ぶり。
 こうしてかぐや姫を迎える準備を着々とすすめていったというべき、それとも破滅への道を着々と進めていったというべきか、とにかく猪のごとくまっすぐに突き進むのだった。
 やがて巨額な資金を投じてつくらせていた船もできあがった。皇子は家臣二十人もひきつれてその船に乗り込むと、大群衆に見送られて唐の国めざしたのだ。ところがその夜のことだった。大納言が船室でぐっすりと眠りについていると、船の長があわてふためきながら飛び込んできた。
「大、大、大納言様。大変なことになりました」
「どうしたのだ。落ち着け、どうしたというのだ」
「船の底が、船の底が抜けております」
「なに、船の底が抜けたと。そんな馬鹿な。たった一日走っただけではないか」
 大納言は部屋を飛び出し、船底をのぞいてみると、もうそこは海水が渦をまいてなだれこんでいる。あれよあれよという間に船は海にのみこまれ、大納言もまた海にとびこんで、陸めざして泳ぐ以外になかった。
 しかし大納言はこんなことではこりない。館にもどると、今度は唐の国から渡ってきたという船大工を呼び寄せ、新たな船をつくらせるのだ。こうしてまた前回にもまして、派手な式典を難波の港でくりひろげると、唐の国めざして再度の壮途についた。
 さすがに唐からきた船大工のつくりあげた船は、快調に海の上をすべり、いよいよ明日は、瀬戸内海を抜けて大海原にでるという日だった。大納言が海に沈んでいく夕日をみながら、ぐびりぐびりと酒をのんでいると、どすんという大音響とともに、大納言の体がふっとんで、船室の板壁をたたきつけられた。何事が起こったのかと船の先端にとんでいくと、なんと船は海面に突き出た岩に激突していたのだ。舶首はぐちゃぐちゃになって、そこから海水がどどどっと船に流れこんでいる。
「ああ、なんということだ。なんという不運だ。どうしてこんな不運ばかりがわしに襲いかかるのだ」
 と嘆いたが、しかしもはや難破した船は、そこに見捨てる以外になかった。また海に飛び込み、抜き手をきって海峡を渡った。そこから何頭もの馬をのりついで、ぼろぼろになって都にもどってきたのだ。
 しかしこの大納言、館に戻るなり家臣たちをよんで、なんと三度日の船の建造を命じた。不屈といえば不屈であるが、しかし命じられた者はたまったものではない。さすがに家臣たちは色をなして異をとなえる。
「三度の建造、三度の遠征、もはや無理でございます。いったいどれほどの資金を要したか、殿はおわかりなっておるのでございますか。その資金を調達するために、下々の者がどのような苦しみにあえいでいるか、少しは考えていただきとうございます」
 別の家臣も、
「さようでございます。もうすとっぷすとっぷでございますよ。二度あることは三度あるというではございませぬか。なにもかも神のお告げでございます。そのような愚かな蛮行から、はやく目を覚まされていただきとうございます」
 さらに別の家臣も、
「私からも一言申しあげます。これ以上の無謀な建造は、わが家の破産を宣告するにひとしいことでございます。わが家が破産すれば、家来一同、その家来の家族ともども、路頭に投げ出されることでございます。どうかお目覚めになって下さいませ」
 と家臣たちは、もう必死になって、大納言に翻意をせまってみた。さすがに三度とあっては大納言といえでも、それらの声が痛く響く。しかし大納言は、
「そなたたちの意見、わしにも身を切られるばかりによくわかる。頓挫するたびに自分がどんなに愚かなことをしているよくわかってもいく。しかしいまここで投げだしたら、いままでしてきたことはなんであったのか。すべては水の泡となるではないか。もう一度だけやらしてくれ。これが最後だ、これで頓挫したらきっぱりとあきらめる。どうか大納言の最後のわがままを許してくれ。これ、この通りだ」
 と床に額をついて懇願するのだ。大納言がこのように家来に頭をさげたことなどかつて一度もなかった。これには色をなして異をとなえていた家臣たちもしぶしぶうなずく以外になかったのだ。
 こうして大納言は三度目の航海に旅立った。
 船はより強固につくられ、船長もまた海がよく読める人物を雇い入れたために、船は快調に瀬戸内海を抜けた。ところがである。大海原を走りつづけて何日目だろうか。異常なばかりの早さで雲が空を走っていたと思ったら、風がうなりをあげて船を叩きつけてきた。何度もこの風を体験している船長は、すぐに分かった。いまでいう台風だということが。だからすぐに大納言にいったのだ。
「間もなく、ものすごい嵐がやってまいります。ただちに、船を島に避難させますぞ」
 すると大納言は、
「戻るというのか。ならんぞ。進むのだ。このまま真っ直ぐに、突き進むのだ」
「しかしこの風は、すさまじい嵐に変貌しますぞ。嵐になればとうてい乗り切ることはできませぬ」
「なんの、なんの。どんな嵐にもくたばらない頑丈な船をつくったのだ。行け、行くのだ。嵐などにくたばる船ではないのだ」
「何をおっしゃいます。あなた様はなにもわかっておられぬ。嵐というものは人間には立ち向かえぬものなのです。嵐がきたら、こんな船などたちどころにばらされてしまうのですぞ」
「くだくだとほざくな。そんなにいやなら、いまからわしが船の指揮をとる。わしが船長になってやるわ。行け、行け、進むのだ!」
 やがて海は、船長がいった通りになった。まるで船を吹き飛ばさんとするばかりのものすごい風が、吹きつけてきた。波もわさわさと荒れ狂い、もう船は木の葉にようにきりきりと舞うばかり。このままでは危ない。このままでは船は粉々に打ち砕かれる。どうすればいいのだ。どうしたらこの窮地を抜け出させるのだ。この船には四十人もの人間をのっている。おれは船を守り、これらの人間を守らねばならぬという強い使命感をもった船長は、操舵不能、遭難確実、もはや天に祈る以外にないという絶望的境地に達すると、柱にしがみついている大納言のもとにいくと、その大納言の足にがっしとしがみつき、
「大納言様、もはや神にすがる以外にありませぬ。この嵐は神にそむいたむくいでございますよ。神の化身であられる龍を捕らえにいくなどという魂胆をもたれた大納言様に、怒りの鉄拳をふりおろしているのでございますよ。はやく、はやく、その魂胆をお捨てください。そうしなければ、この船は真っ二つになりますぞ。はやく、はやく、天にむかって、大納言は間違っていた、大納言をお許して下さい、大納言は二度と龍を捕らえにいくなどという魂胆はもちませぬと叫びなされ!」
 と船長は懇願する。しかし大納言は、そんな船長をけりつけて、
「なにをぶちぶちいっておるのだ。そんなことがいえるか。恐れるな。こんな嵐など、いまに鎮まるのだ。突き進め、真っすぐに突き進め!」
 と叫ぶのだが、もう突き進むどころではない。やがて船がすとんと波の底に落下したと思ったら、なにやら巨大な山のような波がやってきて、船は岩にたたきつられたように木端微塵に砕け散ってしまった。
 海中でぐるぐるとこねくりまわされた大納言は、やっとの思いで海上に頭をつきだし、そこにあった柱にしがみついた。荒れ狂う海はなおもはげしく、大納言はもう必死にその柱にしがみついているだけだった。それはどのくらい嵐の海にもまれていたのだろうか。荒れ狂っていた海も次第に鎮まっていき、空をおおっていた黒い雲もふきとんでいって、あたりにやわらかい光がもどってきた。その船には四十人もの人間がのっていたが、いま生き残っているのは大納言ただ一人だった。嵐は残る三十九人を海の藻屑としてしまったのだ。
 大海原を漂っている大納言に、そのときまるで一筋の光が差し込むように、ある思いがふうっと走ってきた。わしはだまされていたのかと。まさか、まさか、そんなことはあるまい。これはあの女が仕組んだ罠だというのか。まさか、まさか。いや、そうなのだ、そうにちがいないのだ。わしはあの女の仕組んだ罠にまんまと落ちたのだ。だいたい首に五色にひかる珠をつけた龍などがいるわけがないのだ。なぜそのような単純なことに、わしは気づかなかったのだ。あの女こそ化け物だったのではないのか。あの女こそ首に五色の珠をつけた妖怪だったのではないのか。ああ、なんということだ。どうしてこのことに気づかなかったのだ。嵐の海が、この馬鹿者を目覚ましてくれた。この愚か者はやっと目が覚めた。
 くそ、くそったれめ。わしはくたばらんぞ。くたばってなるものか。生き延びてやるぞ。どこまで生き延びてやるぞ。あの女を真っ二つにしてやるのだ。それまでわしは断じてくたばらんぞ。そんな大納言のはげしい思いとは別に、嵐の去った海は平穏そのものだった。ふと前方をみると、そこに緑の島が横たわっているではないか。
 その島はまったくの無人島だった。しかし湧き水のでる泉があり、南国の木立ちがたっぷりと果実を実らせている。自然のめぐみにみちあふれた島だったのだ。しかしたった一人で無人の島で生きていくには、やはり強い生命力というものがなければならなかった。絶望の底に落ちたとき、人の心を支えるものは夢とか希望であった。夢や希望があるからこそ、人はどんな苦難も乗り切れることができる。しかし人はまた復讐せねばならないというはげしい憎悪をもつことによっても、そのどん底を乗り切っていけるのかもしれない。南海の孤島で、大納言が一人で生き延びてこられたのも、姫に復讐せんとする怒りと憎悪にあったのだ。
 二年にもおよぶ無人島の暮しも、とうとう最後の時がきた。その島はちょうど唐の国に渡ったり、あるいはまた日本の国に渡るための一つの指針にもなっていたものだから、よく船はその島の近辺を通っていくのだ。しかしそのたびに大声で叫んでみるが、なんの応答もなかった。しかしその日の船は違っていた。たまたま大納言が食事をとるために浜辺で焚き火をしていた。その火に気づいて船が、まっすぐに島をめざしてきたのだ。
 幸か不幸か、その船の最後の寄港地が、難波の港だったから、大納言は二年もにおよぶ流浪の旅から、難波の地に戻ってきた。船からおりると、大納言はまっすぐに竹採り村にむかった。都の自分の館に戻る前に、成し遂げねばならぬことがあるのだ。あの嵐の海で決意したこと、南海の孤島で彼を支えていたことをまず成し遂げねばならないのだ。
 最後の峠をこえて村に入り、姫の館がみえてくるころには、もう大納言の体は、なにか憤怒の血でわきたつばかりになっていた。門前に馬をつけると、大声で門を開かせ、門が開かれると馬蹄の音もけたたましく前庭にかけこみ、ひらりと馬からおりると、屋敷のなかにずかずかと押し入っていく。そして応対にでてきた爺さんにむかって、
「姫を、ここにつれてこい。あの悪女をつれてこい!」
「これはまた大納言様、いったいどうなされたのでございますか」
「とぼけるな。龍はこの御殿にいたのだ。わしはてっきり龍とは唐の国に住んでいるものだとばかり思っていた。ところがそうではなかったのだ。龍はこの御殿にいたのだ。首に五色の珠をまいた龍とは、かぐやなる女そのものだったのだ。そいつをここにひきずりだしてこい。わしが一刀両断にしてくれるわ」
「な、な、なんということをおおせられます」
「このような化物を、この世にのさばらせておくわけにはいかぬ。ただちにここに連れてまいれ」
 もう爺さんは仰天しておろおろするばかり。
「ええい。もうお前などに用はない。そこをどけ」
どんと爺さんをつきとばすと、爺さんはくるくると四回転もして、庭にどすんと転落していった。つもりにつもった憤怒をはきださんとする大納言は、
「化物退治にきたのだ。化物を叩き斬る!」
 とわめきながら、回廊をどどどどっと足音も荒く、姫の館に乗り込み、姫の部屋に一気に押し入らんとした。ところがその部屋の前に、ぴたりと婆さんが座っていたのだ。
「どけ、どけ、そこをどけ。ばばあ、お前も斬られたいのか」
「お静まりくだされ。見苦しいではございませぬか。大納言様ともあろうお方が、下々のものになんという無礼をお働きになるのでございますか」
「無礼なのはどちらだ。男たちをさんざにもて遊び、あっちにいけ、こっちにいけと、口からでまかせの難題を投げつけては、奈落の底に突き落とす。そんな化物を飼っているお前たちこそ、天にもそむく非道人ではないか。わしはお前たちが飼っているその化物を討ち取りにきたのだ」
「なりませぬ。この部屋にはたとえ大納言様といえでも、一歩も入れませぬ。もし押し入るというのなら、この私をお討ちなさいませ」
「どけ、どけ。お前などに用はない」
「こんな田舎のばばあでございます。私を斬って、そなたさまのお心がやすまるなら、さあ、私を斬って下され」
 ときっと大納言を見据えて婆さんはいうのだ。その毅然とした態度に大納言は一瞬ひるむ気配をみせたが、しかし怒りの炎となっている大納言にはもはや火に油。
「こいつは驚いた。この化け物屋敷に人間がいたというのか。いやいや、そうではあるまい。お前もまた姫に劣らない化け物なのだ。わしに斬られまいとすばやく人間に姿をかえた化け物だ。よおし、お前のいうとおりだ。お前を叩き斬ってやる。一刀両断にしてお前のなかにいる妖怪を征伐する。覚悟しろ!」
 といって刀を降り上げ、婆さんの面上に降り下ろそうとしたその一瞬、ぴかっと辺りが光って、
 ズドドドドドン
 と、それはものすごい爆音とともに雷が大納言めがけて落下した。大納言の黒焦げになった死体が、なんと松の枝にひっかかっていた。この大納言はどこまでも激しい人物だったということになる。


 
 

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