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神隠しされた街  若松丈太郎

 南相馬市在住の詩人、若松丈太郎さんが亡くなった。若松さんは原発事故前から、原発への警鐘の詩を発表していたが、それが現実となり、福島原発の爆発事故の十八年も前に書かれた長編詩「神隠しされた街」は予言の詩といわれた。原発事故からすでに十年の月日が流れた。しかし事態は明るくなるどころか、いよいよその悲劇は深く潜行していくと訴えていた。

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神隠しされた街

45,000の人びとが2時間のあいだに消えた
サッカーゲームが終わって競技場から立ち去った
のではない
人びとの暮らしがひとつの都市からそっくり
消えたのだ
ラジオで避難警報があって
「3日分の食料を準備してください」
多くの人は3日たてぱ帰れると思って
ちいさな手提げ袋をもって
なかには仔猫だけをだいた老婆も
入院加療中の病人も
1,100台のパスに乗って
45,000の人びとが2時間のあいだに消えた
鬼ごっこする子どもたちの歓声が
隣人との垣根ごしのあいさつが
郵便配達夫の自転車のベル音が
ボルシチを煮るにおいか
家々の窓の夜のあかりが
人びとの暮らしが
地図のうえからプリピャチ市が消えた
チェルノブイリ事故発生40時間後のことである
1,100台のパスに乗って
プリピャチ市民が2時間のあいだにちりぢりに
近隣3村をあわせて49,000人が消えた
49,000人といえば
私の住む原町市の人囗にひとしい
さらに
原子力発電所中心半径30kmゾーンは危険地帯とされ
11日目の5月6日から3日のあいだに92,000人が
あわせて約15万人
人ぴとは100kmや150km先の農村にちりぢりに消えた
半径30kmゾーンといえば
東京電力福島原子力発電所を中心に据えると
双葉町 大熊町 富岡町
楢葉町 浪江町 広野町
川内村 都路村 葛尾村
小高町 いわき市北部
そして私の住む原町市がふくまれる
こちらもあわせて約15万人
私だちか消えるべき先はどこか
私たちはどこに姿を消せばいいのか
事故6年のちに避難命令が山た村さえもある
事故8年のちの旧プリピャチ市に
私たちは入った
亀裂がはいったペーブメントの
亀裂をひろげて雑草がたけだけしい
ツバメが飛んでいる
ハトが胸をふくらませている
チョウが草花に羽をやすめている
ハエがおちつきなく動いている
蚊柱が回転している
街路樹の葉が風に身をゆだねている
それなのに
人声のしない都市
人の歩いていない都市
45,000の人びとがかくれんぼしている都市
鬼の私は搜しまわる
幼稚園のホールに投げ捨てられた玩具
台所のこんろにかけられたシチュー鍋
オフィスの机上のひろげたままの書類
ついさっきまで人がいた気配はどこにもあるのに
日がもう暮れる
鬼の私はとほうに暮れる
友だちがみんな神隠しにあってしまって
私は広場にひとり立ちつくす
デパートもホテルも
文化会館も学校も
集合住宅も
崩れはじめている
すべてはほろびへと向かう
人びとのいのちと
人びとがつくった都市と
ほろびをきそいあう
ストロンチウム90 半減期 29年
セシウム137 半減期 30年
プルトニウム239 半減期 24,000年
セシウムの放射線量が8分の1に減るまでに90年
致死量8倍のセシウムは
90年後も生きものを殺しつづける
人は100年後のことに自分の手を下せない
ということであれば
人がプルトニウムを扱うのは不遜というべきか
捨てられた幼稚園の広場を歩く
雑草に踏み入れる
雑草に付着していた核種が舞いあがったにちかいない
肺は核種のまじった空気をとりこんだにちがいない
神隠しの街は地上にいっそうふえるにちがいない
私たちの神隠しはきょうかもしれない
うしろで子どもの声がした気がする
ふりむいてもだれもいない
なにかが背筋をぞくっと襲う
広場にひとり立ちつくす

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