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死の灰で汚された村がよみがえった

 原発爆発という大惨事からは九十年の歳月が流れた。広大な山林に降り積もった死の灰との戦いはいまもつづいている。ある地帯は皆伐されて禿山になったり、地形が変わるばかりに削り取られたり、谷が埋め立てたりという大規模なプロジェクトが展開されているのだ。この戦いはさらに数十年の年月を要するのだろう。しかし飯舘村は一種独特の光芒を放って甦った。

 飯舘村に入ると山林にかこまれて田畑が広がっている。飯舘村は農業の村だ。人々の生活は農業によって成り立っている。しかしこの村で生産された農産物は決して村外のマーケットには送り出さない。それが死の灰で汚染された村が甦っていくための根源の思想だった。避難指示が解除されて、飯舘村に戻った人々は、再び農業に取り組んだ。

 しかし飯舘村でつくられる農産物は、市場で拒否される。どんなに厳しい品質検査を課して市場に送り出しても、放射能で汚された村でつくられた農産物は売れない。ついに人々は新しい思想に到達するのだ。飯舘村でつくられた農産物は村外に出さない。飯舘村産の農産物は村外の人間には食べさせない。まして飽食でおごれる都会の人間に食べさせてなるものかという思想を。飯舘村は流通経済や市場経済から切り離した自給自足経済の村をつくりあげていったのだ。
 私たちは飯舘村に足に踏み入れるとき、星寛治さんが朗々と謳った詩がふつふつと沸き立ってくる。

朝明けの美しい国

朝やけの美しいくにの話を聞いた
墨絵の森に
雄鶏のこだまが交う頃
人びとは一斉に野良に出る

青砥石をあてた鎌は
名刀の切れ味だ
腰をかがめ
水玉の返りを浴びて
いきのいい草を刈る

おお、地の涯を染めて
いま、太陽が昇るときだ
紫の空がこんなにも素早く
橙色に変わるときだ

足元に衝動のようにつたう
大地のめざめ
その瞬間に立ち会うために
ひとはみな早起きなのだという

森の美しいくにの話をきいた
千古の呼吸が息づく
蒼い樹海のなか
ひそかに妖精が舞うという

森の小さな賢者たちは
豊穣の大地に耳をあて
青い地球(ガイア)の心音を聞いた
地層の底の水の流れも
もっと深く火のたぎりも

白日の美しいくにの話を聞いた
見はるかす緑の絨毯が
やがて山吹色の穂波に変る
光と風のむら
少年のすばやい手鎌が
重いみのりを刈り、
少女のしなやかな掌が
べっ甲色の千粒をすくい上げる

夕やけの美しいくにの話を聞いた
一日の仕事の終りに
地の涯を染めて
太陽が沈むとき
夫婦は手をあわせ
すがやかな身を祈る


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