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milkの王冠(2)

桜の樹の下には屍体が埋まっているのなら、雪の下にはさしずめ、きらきらしい生が埋まっているのだろう。(だって阿寒に果つでは小生意気な女子高生画家が死んだくらいだし。彼女の死が生でなくてなんなのだ。)生きている側は、自分がとても生き生きと生きているなんて、思いもしないのだろう。

なんて考えながら、電車に揺られている。JR北海道のエアポート行き路線。ビル群のひしめきあう界隈を過ぎて、周辺にあるベッドタウンの住宅の屋根もまばらになってやや少し経ったころに、、忽然とあらわれ来る田園地帯。


白い窓を指先で拭くと、雪原は一面の鏡の野だった。暑すぎる車内で、人差し指だけが、外の氷の温度になった。

三月のはじめだ。
慌ただしい滞在を終わらせ、帰りの快速エアポートは久しぶりだ。いつのまにか地元に戻らないままの時間が随分過ぎていた。数えてみるとじつに四年ぶりになっていた。

千歳行きの電車の連結部に場所を見つけて、立ったままだ。始発札幌駅から数えると、四十分ほどの乗車だ。無理をして狭い座席に場所を占めなくたっていいと思っている。土産の紙袋を置く支え台にしている、スーツケースがことこと音を立てて揺れ続けている。


電車の中は暑すぎる。コートを脱ぎたいが、荷物で身動きがとれないのでガマンする。


出発して二十分。ビルばかりの札幌中心部を離れ、卸問屋街の景色が窓から後ろに飛び去っていく。ベッドタウン北広島市も過ぎ、恵庭も越したころになると、広大な雪景色が目立つようになる。


車窓からは、春の兆しを含んだ陽の光だ。白い地面の雪の結晶の反射がまぶしい。


まだ冬の名残の青空なのだ。冬の明度と清浄とを残している。地平線が白くて遠い。見渡す限りの雪原だ。


その白一色のなかに、家の屋根が赤や青、緑と点在する。レンガ作りのサイロがたまにある。何に使うのかは知らないが、とってあるらしい麦わらの塊が、水面のように平らかな雪原から、ぴょいぴょいと頭だけをとびださせている。

雪が、減ったんだ。春が来ようとしているな。言葉にするともなく思った。いくど繰り返したかわからぬ、体感である。


線路沿いには、白い樹皮をもつ白樺が並んでいる。初夏になれば、黄緑色に揺れるはずの葉はまだない。


どんどん後ろに流れていく、木立の白さが目に痛かった。



車内の、むっとするような乾いた温気。それと、外の雪景色は、感傷とひと続きだ。帰省の短さがための安直なせつなさと、それらの温度も景色も、いつからか、ずるりとひと続きになって想起されるようなふうになっていた。


帰省はいつでも短い。まるで住んでいる県と切り離され独立した時間を刻むようだ。

出発する前とは同じ三月でも大違いだ。


発つ2日ほど前のことだが、

待ち合わせに向かうと、
ミモザアカシアの細い葉に結ぶ露が光っていた。

春のよろこびを具現化したような、その黄色いまるい粒の花ばな。


おーい、こっちだよ。実賀子はこの界隈に詳しい。能舞台鑑賞に誘ってくれたのも彼女だ。丸太を半分に切ったデザインのベンチの上から呼んでいる。


演目は、いなくなった男性を想う姉妹の幽霊の話だった。想いなど、すぐに消えはしないか。たくさんの挫折を経て、そう思った。


消えていく、こまごまのもの。どうでもよいもの。どうでもよくないもの。


帰りみちには、ずっと叫んでいる男にでくわした。

「お祭りに、来てください、来てください、、」

まだ若いと思われる、リュックサックを背負った男性は、声の限りに、通行人に訴え続けていた。

祭りとは、夏に公園である、花火大会のことだろう。縁日が出る。

リュックの男は、なんらかの疾患と思われる様子で、そして、聞いているこちらを打つような哀切な様子で、叫び続ける。激しい哀願、といってもいいほどの真剣さで。


まるで道化だな、と、ひとりの通った中年男性がいうのが耳にはいった。

私は、激しく反感を覚えた。


叫んでいる若い男には、そうせずにはいられない、駆り立てるような思いがを、花火大会に持っているのだろう。


たとえその思い出が本当にあったことでも、頭の中だけのことだったとしても、ひとの感情の強度は変わるものか。


先に観た能の演目の姉妹の幽霊でも、そのリュックの男でも、通りすがりの中年男性でも、この私でも、同じことだ。



ツギハ、エニワ。車掌のアナウンスの声がした。
バウンドフォーチトセ、ブリーフストップイズ、、、と、聞きなれた録音の女性の声。

■  
窓からみえるのは、相変わらず広大な白い雪の原だ。

その下に、一瞬のミルクの王冠みたいな感情は、変わらず存在させられているんだろうか。一滴のミルクに跳ね上がる、ゼロコンマ何秒かだけの、美しいクラウン。

降り積もる雪の下で、とけることもなく、冷凍保存されて。

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