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実家の本棚にあるアガサ・クリスティーは、両親がかつて惹かれ合った他人同士であることを教えてくれた

今一番席が埋まっている映画:クリストファー・ノーラン監督の TENET を観に行った。映画館に行くにあたって、私はこのTENETの前に流れるであろう007の予告を大画面で観るのも込みでとても楽しみだった。

でもこの日、私の印象に残ったのは 逆行 でもなければ ジェームズ・ボンド でもなく、アガサ・クリスティー だった。


その日観た予告によると、アガサ・クリスティー生誕130周年を期に、彼女の名探偵ポアロシリーズ:ナイルに死す が、ナイル殺人事件というタイトルでロードショーになるらしい。



小学生のころ、父親に

「モルグ街の殺人は一回は読んだ方がいい。1800年代に発表された、史上初の推理小説や。」

と進められてからスタートした私の推理小説の旅は、簡単にアガサ・クリスティーにたどり着いた。そして彼女の作品を、多分、全部読んだ。相当な冊数だったが、それらが全部家の本棚にあったから全部読んだ。

斬新なトリックと、人間味あふれる推理・・・彼女が世に送り出した推理小説は、多くの推理小説家を苦しめたと思う(いや、そのトリックもう二度と使えんやん・・・二番煎じになるやん・・・と)。

でもそのどんな物語よりも私が気になって、大学生くらいまでずっと解けずにいた謎は 本棚にアガサ・クリスティーの本が2冊ずつあること だった。

あの オリエント急行殺人事件 も、そして誰もいなくなった も、ゼロ時間 へも全部2冊ずつ。私が一番好きな カーテン も2冊ずつある。なぜなのか。他のことはなんでもかんでもすぐ母親に聞く なんでなんで病だったのに、なぜかこの謎については10年以上放置していた。

大学生になってからの23時~25時は、妹抜きで母親ととっくり会話する時間になっていた。母親が寿退社を決意した理由、私と妹が社会人になったらやりたいこと、私が妹の受験を心配していることなど、なんとはなく、でも日常会話ほどライトではない話を対等に話す時間だった。私は自分が大人になったような気がして、この時間がとても好きだった。

この繰り返される23〜25時のある夜、ふと思い出して聞いた。なぜ、うちの家の本棚にはアガサ・クリスティーが2冊ずつあるのか。


答えは簡単だった。

父親と母親が、独身の時それぞれ持っていた本をそのまま1つの本棚に入れたら、趣味が一緒だったために2冊ずつになったのだった。


これを聴いたとき、最初は え、めちゃくちゃ素敵やん と思ったのだが、大学生から社会人になるにつれ、このエピソードは段々とノスタルジックな事実と化していった。


世の中では不倫が大きく取りざたされている。

私の働く会社では離婚の話も聞く。

結婚した友人は、夫の愚痴をこぼす。


そういえば、父親と母親は他人同士だった。

実家の本棚に2冊ずつあるアガサ・クリスティーの本は、両親がかつて惹かれ合った他人同士であることを教えてくれた。



現在、父親と母親は同じ街の中に2つ家を持ち、別で寝たり、一緒にご飯を食べたり、別でテレビを見たり、自由に行き来している。それが2人にとって心地よいカップルディスタンスならそれでいい・・・それ が いいと思う。


今も実家(生家?)の本棚にはアガサ・クリスティーが2冊ずつあるのか、それともそれぞれの家に1冊ずつあるのかは知らない。

他人だからと言って、その事実は別にネガティヴな意味を帯びてはいない。

ただ純粋に、アガサ・クリスティーがそこにある事実を教えてくれただけの話である。

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