見出し画像

デザインは人を幸せにする。手に取る人のポジティブな姿を常に想像して。 ― 小川裕子デザイン 小川 裕子さんインタビュー

箔を使いパッケージを創作するクリエイターのまなざしから、箔の魅力や新たな表現、デザインを生み出す源泉に迫るインタビュー企画。

今回、登場してくださるのは、小川 裕子さんです。「紅茶花伝 ロイヤルミルクティー」「Meltykiss (メルティーキッス)」「トワイニング テトラバッグ フラワーブーケ」など数々の印象的なパッケージを制作。デザインを制作する際に大切にしていることや、箔を使ったパッケージ、そして働くこと、デザインすることの面白さについて、お話しいただきました。

小川 裕子 さま/パッケージデザイナー。26歳で独立し「小川裕子デザイン」を設立。クライアントとの対話やコミュニケーションを大切に、パッケージを中心としたデザインを手がける。桑沢デザイン研究所 非常勤講師としても活躍

「おいしい紅茶を味わって、くつろいでほしい」。パッケージが伝える喜び

― これまでで手がけた中で、一番印象に残っているパッケージは何ですか?

20代の後半にデザインした日本コカ・コーラの「紅茶花伝 ロイヤルミルクティー」のパッケージです。17年ほど「紅茶花伝」のパッケージデザインに関わりましたが、中でも初代のデザインは印象深いですね。

「紅茶花伝」は、缶飲料として初めて牛乳25%を使用した商品で、はじめはCMも流さず、短期間の販売をやってみようとスタートしました。いざ販売すると、多くの人がパッケージを見て商品を手に取り、“ジャケ買い”をしてくれたのです。飲んでみると美味しさも伝わり、そこからリピート購入につながっていきました。

予想以上の売れ行きで、商品設計においてパッケージデザインが理想的な役目を果たすことができました。

― 「紅茶花伝」のパッケージには、どんな思いが込められていますか?

コーヒーは、家で豆を挽いて飲む以外に、お仕事の休憩中にマグカップで飲む、コンビニで買って紙コップで飲むなど、様々なシーンで手軽に楽しむことができますよね。

一方で、紅茶を美味しく感じる飲み方は、コーヒーとは少し違うのかなと思っています。ティータイムに、居住まいを正して素敵なティーカップで飲む、それがくつろぎのひとときになります。

大前提として「紅茶花伝 ロイヤルミルクティー」には、生の牛乳が入っていておいしいという強みがありました。缶飲料でも気軽に「おいしい紅茶を味わって、くつろいでほしい」、そのためにはロイヤル コペンハーゲンのようなティーカップを想起させるパッケージに入れるしかないと思いました。そこで、白を基調に、紅茶の葉の青い焼付を手描き風のイラストで表現するデザインに行き着いたのです。

― デザインをする上で常に考えていることは何ですか?

「どういったシーンで手に取ってくれるのか」「どのように飲むのか、食べるのか、使うのか」など、お客様のことを常に想像しています。

お客様が喜びを感じると、それが売上に反映されて、クライアントさんも喜んでくれる。やはり、お客様に喜んでもらうデザインをすることが大前提なのです。

「手に取る人にどう感じてほしいのか」。大切なのはクライアントと会話を重ねること

― クライアントさんとの関わりで大切にしていることは何ですか?

「会話をすること」をとても大事にしていますね。楽しいクライアントさんがとても多いので、気がつけば雑談ばかりしてしまって、「あ、打ち合わせしましょうか」という流れでデザインの話を始めることも。

また、ディレクター・営業チーム・商品企画チームなど、立場が違えば違った見方の意見も出てきます。なるべく担当者の声を聞くことで、その商品への深い思いを知りたいと思っています。商品を作っているからこその熱い思いを聞くと、私たちデザイナーも「がんばらなきゃ」という意識になりますね。

― 会話を大切にするのはなぜですか?

一人で考えていると、煮詰まってしまうことってありませんか?「私は、こういうことを考えていたのだけど、どう思いますか?」「こういう考え方はどうですか?」など質問すると、相手から「なるほど、それもありかも」とか、逆に「今回はそれはないかもしれない」など聞くことができます。「ない」と分かると、その理由も知りたいのでさらに理由を深く聞く。すると制作過程で生まれる無駄もなくなります。

たとえば「赤にしてください」と言われたら、なぜ赤なのかを聞いてみる。そして、その意向を活かすためには「金のほうがいいかも」と思ったときは、赤と金の両方をデザインしてその理由も説明します。「そうか、そういう考え方か」「その考えもありかもしれないですね」などと、クライアントとの対話を深めていきます。私の出した答えが正しいかなんて、わからないですよね。クライアントさんの考えの方が正解かもしれない。だから、会話をして根拠を確認し合います。結果的に、クライアントが「お客様にどう伝えたいのか、どう感じてほしいのか」を明確にしながらデザインすることができるのです。

箔に感じる「ふくよかさ」と「あたたかさ」

― 記憶に強く残っている、箔を用いたパッケージは何ですか?

箔を使って初めてデザインしたのが明治のチョコレート「Meltykiss(メルティーキッス)」でした。仕事を始めて10年近くは、缶やペットボトルのデザインを主に制作していたので、箔を使ったことがなかったのです。「箔を初めて使える!」とワクワクしました。2004年にデザインの依頼を受け、現在でも制作に携わっている商品です。

「Meltykiss」では、パッケージのロゴと雪の模様に箔をあしらっています。真四角な箱とキラキラした箔は、自分へのご褒美、宝箱のイメージ。冬のみ販売の限定品なので、雪の華やかさを箔で表現しています。ロゴや雪の結晶には箔押し浮き出しエンボス加工で、どの角度からでも光って見えるようエッジを効かせました。

― 「この箔が好きだな」という「押し箔」は何ですか?

ふと手にとった和菓子のパッケージに「箔の使い方がとても上手だな」と思ったものがあって。箔の部分がふっくらして見え、あたたかく感じ、質の良さや品も伝わってきます。

箔は使い方によって、地に足がついた印象を与えて、商品の質が上がる印象があります。箔の良さは、キラキラとしているだけではないと思っています。今まではマットの箔も含め、光る箔しか使ったことがないので、黒や白の箔も使ってみたいですね。

新たなパッケージデザインの風潮が生まれる予感に包まれて

― パッケージデザインを取り巻く現状を、どのように捉えていらっしゃいますか?

最近、SDGsの観点からラベルレスの商品も増えていて、環境のことを考えると賛成です。でも、ラベルレスのボトルにも必要なデザインがあります。そういったボトルデザインも手がけてみたいですし、制約がある環境でこそ、デザインの力が試されると思っています。

また、剥がしやすい小さなシールや、紙パックが浸透する可能性もあります。以前、京都のホテルで目にしたのは、SDGsを意識した紙コップ。紙の質も良く、上質さを感じる素敵なデザインでした。

ラベルレスの先にある環境にやさしいもの。そこにデザインできる何かがあるかもしれないと感じています。

― これからのパッケージデザインは、どんな風に変化すると思いますか?

私がデザインをはじめたのはバブル景気が崩壊する直前でした。経済が好調で、ワクワクする面白いデザインがたくさんありました。

経済が停滞していると、デザインがつまらなくなると感じます。経済の回復を期待しつつ、私たちデザイナーがどう乗り越えていくかは気になっていますね。

今はデザインの方向性が変わり、表現も多様になってきています。肌感覚なのですが、「そろそろ、面白いデザインの風潮が出てくるんじゃないか、生み出せるのではないか」という予感がするんです。

制約も多いのですが、だからこそ、楽しいデザインができるような気がしてならないのです。

「働くってかっこいい」。母の言葉に導かれてデザインの道へ

― デザインを仕事にしようと思ったきっかけは何ですか?

子どものころから絵を習っていて、幼稚園の年長の時に絵画教室へ、小学校6年生からは油絵教室、そして高校は美術コースに進みました。美術に関係する職業に憧れ「絵画よりも工作」「平面よりも立体の方が好きだな」などと考えながら、一生楽しく取り組める仕事を探していました。
私が、働くことに興味を持ったのは、働く母の姿を見ていたから。10歳の頃に「将来は女の子も手に職を持ったほうがいい。自分を助けてくれるからね」と言ってくれたのです。「働く人ってかっこいいな」と母の背中を見て思ったのを覚えています。

高校3年生の時、雑誌をペラペラめくっていたら、目に留まったのが山田 博子さんがデザインしたKOSÉ「BE」のパッケージ。「これだ!」と直感し、それからはパッケージデザインの道を一直線に進み、今に至ります。

― 独立するまでの過程を教えてください。

卒業後は、広告のデザイン事務所に所属。当時、デザイン事務所を経営しているのは男性がほとんどでした。スーパーやコンビニでパッケージを手に取る女性も多いのに、女性の経営者はとても少なくて......。

女性デザイナーの需要を感じたので、「無名であっても早くに独立をして、名乗りを上げたほうがいい」と26歳で独立を決断しました。社長に「明日から独立したいんですけど」と相談すると、「いいよ」との返事が。事務所の空いているスペースと机を借りて事業を開始しました。

独立してみると、クライアントの女性担当者とは、女性ならではの関係性を築くことができました。20代や30代の頃は「お酒強そうですね」と食事に誘っていただき、普段一人ではいかないようなお店に行ったり、情報交換をしたり。クライアントとデザイナーという一線を引きながらも、コミュニケーションを図ることができるのです。

デザインを第三者の幸せのために

ー 現在の若手のデザイナーは、小川さんの目にどう映っていますか?

専門学校の講師として、学生の作品を見ていると「とても良く出来ているなあ」「考え方もしっかりしている」と感じ、尊敬しています。

あとは、その力を存分に発揮できる場があるかどうかと、本人のやる気次第です。器用ですごく力があると思うので、社会に出てどんどん力を発揮してほしいですね。

数年前に、パッケージデザインを志すきっかけとなった山田 博子さんとお話しする機会がありました。とても嬉しくて「先生のおかげで、今の私がいます」とお伝えすることもできました。「小川裕子デザイン」は31周年を迎えましたが、学生や若手デザイナーに、そういった影響を与える存在に私もなりたいですね。

― 最後に、小川さんにとってデザインとはどのようなものですか?

デザインは誰かの幸せのため、第三者のためにあると信じています。

表現にはアートもありますが、デザインとアートの違いはしっかり区別して考えています。アートは、自分の内なるものを表現したもの。ポジティブなものもあれば、ネガティブなものもあります。

一方で、デザインは自分の感情を表現するのではなく、第三者のために表現すること。そのためネガティブな表現が生まれることはないのです。

私はパッケージデザイナーなので、第三者の感情を今よりも少しでもポジティブにすることが役割だと思っています。そのために何ができるかを考え続けていきたいですね。

-----------------------
小川さんのお話を聞きながら、私も「紅茶花伝 ロイヤルミルクティ」をジャケ買いしました!とつい口走ってしまいました。
ミルクティと言えば、女の子はあれしか飲んでなかったといっても過言ではないかというくらい、女子力が少し上がったような気がしてとてもうっとりしたことを昨日のことのように思い出します。

小川さんが代表を務める小川裕子デザインでは、デザインに取りかかる際、まずは手書きラフを必ず書くのだそうです。それを何人かで見て、話して、お互いに意見する方が楽しいですよね♪と、小川さんがおっしゃっていたのが印象的でした。

小川さん、貴重なお時間&お話、ありがとうございました!

この記事が参加している募集

好きなデザイナー

仕事について話そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?