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今残っていること、私たちが「美しい」と思う紙や本を、そのまま未来に残してあげたい。 ー ブックデザイナー 名久井 直子さんインタビュー

こんにちは。クルツジャパンのタナカです。
箔を使い創作するクリエイターのまなざしから、箔の魅力や新たな表現、デザインを生み出す源泉に迫るインタビュー企画。
今回、お話をお聞きするのは、名久井 直子さんです。谷川 俊太郎 詩集「あたしとあなた」、山階 基 歌集「夜を着こなせたなら」、藤子・F・不二雄「100年ドラえもん」など箔を使った多くのブックデザインを手がけてこられた名久井さん。ブックデザインにおいて心掛けていることや、箔を使ったブックデザインの魅力、そして尽きることのない本や紙への思いを語っていただきました。

名久井 直子 さま/1976年生まれ。ブックデザイナー。武蔵野美術大学 造形学部を卒業後、広告代理店に勤務。2005年に独立後は、フリーランスとして数多くのブックデザインを手がける。ソフトクリームの看板や猫が好きな一面も。「X/Twitter 名久井 直子 (@shiromame) 」


ブックデザインとは、本文(原稿)を物質として形づくること

ー 「ブックデザイナー」として、どのようなお仕事をしていますか?

私はブックデザインの中でも、小説や絵本のデザインをすることが多いですね。たとえば小説だと、最初はテキストデータしかない状態です。それを物質の形にするのが、ブックデザイナーの仕事。最初に1ページに何文字×何行を入れるか、ノンブルをどこに入れるか、書体、文字詰めはどうするのかという本文の設計を行います。
 
次に小説なら写真やイラストを入れるか、文字だけにするか、イラストを入れるとしたら誰に描いてもらうか、レイアウトをどうするかを考えます。そのほかにも、カバーと帯、表紙、別丁扉、花布、しおり紐、芯材の設計など、本のすべてをデザインして物質化します。

ー ブックデザインを仕事にしようと思ったきっかけは何ですか?

「美しい本」に最初に出会ったのは、小学校のころ『昭和文学全集』(小学館)を手にしたとき。辞書のような薄い紙に本文が印刷され、ページの角が丸く、天金加工されていました。天金が施されているので初めてページをめくると「パラ、パラ」と音がして、美しい本だと感じたのを記憶しています。装幀は菊地信義さん。
 
そして中学生になり読んだのが『伝染(うつ)るんです。』(吉田戦車)。まったく同じに見える見開きが2ページ続いたり、突然白いページがあったりと、一見乱暴に見えて、実は精巧なたくらみのある本で、ブックデザインが編集の役割も果たしていることを体感しました。ブックデザインを担当した祖父江 慎さんの名前はその時から心に刻まれています。

ー ブックデザイナーとなり独立するまでの経緯を教えてください。

大学は、デザイナーになるために美術大学に進学。ブックデザイナーになるためには、出版社にある装丁室に入るのが正攻法のルートかもしれません。でも装丁室がある出版社は限られていて、私が就職しようとしたタイミングでは応募がなく、広告代理店への入社を決めました。
 
入社して3年目には仕事の仕方も分かり、クリエイティブな仕事の楽しさを感じられるようになりました。費用をかけた撮影を経験することで、良い写真を作るためのスキルや、ディレクションするということを勉強できました。広告の仕事は楽しかったのですが、動くお金と人の規模が大きい世界だったので、だんだんと何のために働いているのかが分からなくなってきて......。
 
その頃プライベートで短歌を書いていて、インターネットの掲示板で歌人と知り合う機会がありました。その中の友だちの一人が「自分の好きなデザインの歌集をつくりたい」と、デザインを依頼してくれたんです。初めてのブックデザインなので「本を作る本」を読みながら作りましたね。出来上がった本が小学館の担当者の目に留まったことから、複業の形で年に数冊ブックデザインに携わるようになり、入社から7年を経て独立しました。

ー ブックデザインをする上で、心がけていることは何ですか?

一番は、安全にお客様に商品が届くような本を作ることです。届くまでに壊れないように、そして大量生産するときに無理がないように気を配っています。本は、大部分がオートメーション化された工程で作られます。その中で、できることをやるのがブックデザインの醍醐味。そこに楽しさを感じています。

谷川 俊太郎さんの「あたしとあなた」は、凝ったデザインの一つ。表紙は、クロス装で青・白・金の箔を使い、本文の紙に使用している越前和紙には特にこだわりました。この詩集は、縦長の紙の上部分に詩がレイアウトされています。詩を引き立たせるために、本文を支える紙自体を魅力的なものにしよう、紙に情報量を持たせたいという思いから、オリジナルの和紙を漉きました。

私が目指すブックデザインは、家ではなじみ、書店では目立つ本であること。目立つというのは派手ということではなくて、ほかのものとの違いを出すということです。明るいピンク色の洋服はオフィス街では目立つけれど、竹下通りでは目立ちませんよね。家になじむブックデザインに気になるフックがあれば、書店で目立つ本になると思っています。

「待って!」「見て!」と輝く箔が、読者を振り向かせる

ー ブックデザインにおいて、箔はどんな役割・存在意義があると思いますか?

箔を使うと「大事に作られているよ」という気持ちを出しやすいと感じています。そして立派に見えるという効果も大きいですね。印刷とは違い、箔によって光が入ってくるので奥行きを出すこともできます。
 
新刊の本は、書店の平台に面陳されます。通り過ぎるときに、その本に箔が押されているとキラッと光って「待って」と訴えかけて、振り向かせることができるんです。棚に並べられ本の背表紙だけ見える状態でも、「見て!」と本が呼ぶ感じがありますね。
 
また印刷された表紙は紫外線によって色があせていきますが、箔を使うと色あせることがなく、耐久性の面でもメリットがあります。

ー 名久井さんが手がけた『箔』を使ったブックデザインにはどのような作品がありますか?

初めて作った本にも箔を使っていて、「名久井さんは、息を吸うように箔を押すね」と言われたこともあるくらい、箔は日々押していますよ!

山階 基さんの歌集「夜を着こなせたなら」には、ピンクからグリーンに変化するクルツのカラーフリップ 転写箔 TRUSTCOLOR®を使用しました。全面に箔を使い、細かな箔表現をするために版を何度も作り直した作品で、箔への驚きによって買ってくれた方も多い印象を持っています。同じく「宇野亜喜良ポストカードブック」でも、タイトル部分にTRUSTCOLOR®箔を用いています。

斉藤 倫さんの「さいごのゆうれい」には、クルツの「LUMAFIN® ルマフィン」という半透明箔を使っています。螺鈿のように角度によって色が変わって見えて、下に印刷しているものが透けて見えるのです。「さいごのゆうれい」の表紙では、本を傾けると「ルマフィン」を押している女の子のイラストが消えて見えなくなるようになっています。

100年ドラえもん」(藤子・F・不二雄)には、天金を施しています。クルツの箔は、付きが良いので天金に向いていますね。

ヒグチ ユウコさんの「Fear」という画集は、表紙がクロス装で、絵の部分の縁には金箔を押し、うさぎの絵には黒の箔を使用しました。その黒箔が布部分にもつながっていくデザインです。背表紙にも金と黒の箔を使用し、裏表紙の文字は全て黒箔。そして、天・地・小口の全てが金で加工された、三方金になっています。

「COLLECTION OF WORKS 2023 (SPECIAL EDITION) 」は、ヒグチさんと2人で制限なく作った作品。布を貼った箱に箔をほどこし、開けると中に本やポスターが入っています。本の表紙には、金と赤の箔、背表紙には金と赤と白の箔を使い、表4側は金の箔を使いました。これが一番細かい箔の作品「ドヤ箔」ですね。

―  今後、「この箔を使ってみたいな」と思う箔は何ですか?

あこがれの箔は、クルツのLIGHT LINE®アバロンシルバー。この箔に合う仕事にまだ出会っていなくて、だから憧れています。貝の裏側のような箔がとても素敵なので、いつか使ってみたいですね。


古代から受け継がれてきた紙への探求心「次の世代に渡せたらよし」

ー ブックデザインのお仕事をする上で参考にしているものはなんですか?

旅に出ることがとても好きでヨーロッパにいくことが多く、海外でも切符や、お肉、ハム、果物などの包み紙を集めていますね。ハムの油分が紙にしみないうちに、買ったらすぐに食べたり、市場のオレンジを包む紙にはたくさんのオレンジが入っていたので旅の間ずっとオレンジを食べることになったり。紙だけは、捨てないでしっかり持って帰ります。
 
そして旅先でも紙のお店に足を運んでいます。海外では、本格的な紙店ほど全紙でしか販売していないところが多く、大きな紙を抱えてホテルまで運んで、カットした後にスーツケースに詰めることも。それらの紙をヒントに自分でも紙を開発するなど、ブックデザインに取り入れています。

ー ブックデザイナーをはじめた当時と現在で、ブックデザインを取り巻く環境は変化しましたか?

電子書籍が出版されるようになり、紙の本が減っていることは確かだと思います。でも私は、データと紙を比べると、紙のほうが残ると思っているんです。
 
なぜかというと、紙の本の所有者は私たち読者ですが、電子書籍の場合、私たちは所有者ではなくユーザーだから。たとえば、電子書籍のプラットフォーマーが消えたら本のデータが見られなくなる可能性もありますよね。また、出版された紙の本は国立国会図書館に納本する義務があります。一方、すべての電子書籍をストックしておく仕組みはまだありません。電子書籍には、その危うさもあります。
 
電子書籍によって安く大量に本が流通するようになった一方、物質性を高める豪華な本はむしろ増えてきたように思います。推しのグッズのようなモノ感がある本や、値段が高くても豪華な特装版を買いたいというニーズを感じています。紙の本には、飾りたい、置いておきたいと思わせる面があるのかもしれませんね。

―  最後に、ブックデザインや紙の本に対する思いを教えてください。

ブックデザインに魅かれて手にとった人が、読んだ後にガッカリしたり、思っていたものと違うと感じたりするのは、読者にとっても、作家にもとっても良くないですよね。読んでみて「ブックデザインと、ピッタリだったな」と気づくような、一粒で二度おいしさを味わうことができるブックデザインであるといいと思っています。
 
そして、本はほぼ全てが紙でできているので、紙のことを知りたいという思いも強くあります。紙の歴史はとても長くて、世界最古の印刷物「百万塔陀羅尼」は、現在でも読むことができます。和紙も紙の本も息が長く、私たちが紙や本に触れ、新しいことをデザインしているのは、歴史的にみるとほんのわずかな期間です。
 
受け継がれてきた歴史の途中に自分がいるという感覚があって、古くからつながってきたリレーを途切れさせないで「次の世代に渡せたらよし」と思っています。今残っていること、私たちが「美しい」と思う紙や本を、そのまま未来に残してあげたいですね。

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書店に並んでいる本は、大部分がオートメーション化された工程で作られるもの。その中で、できることをやるのがブックデザインの醍醐味。そこに楽しさを見出す、とおっしゃっていたのがとても心に残っています。名久井さん、貴重なお時間&お話、ありがとうございました!

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