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ルームメイトのジョンくん①

オーストラリアで最後暮らした家は韓国人と日本人が一緒に暮らしているシェアハウスだった。スワンリバーにほど近い住宅街にある家でやたらと広い家だった。オーストラリアは都市部以外は基本的に高い建物がなかった。とにかく土地があるから上に伸びる必要がないからだと思う。その家も平屋で日本ならもう一つ小さな家が建てられそうなくらいの庭があった。

僕の部屋は玄関入ってすぐのところにあり、ジョンという少し年上の韓国人の男とルームシェアだった。
十畳くらいの部屋の窓側に彼のベットと机があり、反対側に僕のスペースがあった。真ん中に扉があり、僕ら専用のバスルームがあった。
彼は本当はジフンみたいな名前だったが、出会ったほとんどの韓国人同様にクリスチャンネームというのを持っていて外国人にはジョンと名乗っていた。呼びやすいし覚えやすくて便利だなっと思った。僕の名前はそれ以上に覚えやすい(由 ゆう)ので困ったことはなかったけど。
彼は陽気でぐうたらで、底抜けに優しかった。

大学で中国語を勉強して中国にも少しいて、それからオーストラリアに来たらしい。貧乏レシピの回にも書いたけど彼は僕にとてもよくしてくれた。僕はその頃、いまよりもっと生真面目で英語を一日八時間から十時間は勉強しないと気がすまないような変なストイックさを発揮した生活を送っていた。彼はいつもプレステⅡをやりながら「ユウ、そんなに勉強したら身体を壊すぞ」と心配してくれた。

どちらも互いの母国語は全くわからなかったので、つたない英語でどうでもいい話をしていた。英語を学びたい人はいきなりネイティブと話すより、自分と同じレベルの英語以外にコミニュケーションが取りようがない人と話したほうがいいと思う。僕が英語に抵抗感がなくなったのは間違いなく彼のおかげだと思う。お互い少ないボキャブラリーの中から何とか話をする。何を言ってるのか自分も相手もわからなくてもわかんないよと笑っていられる。


彼は喫煙者でいつもベランダに行ってはたばこをふかしていた。ある日「ユウ。俺はたばこをやめるから」と部屋に入ってきて突然宣言し、新品のたばこの箱を握りつぶしゴミ箱に捨てた。たばこをやめたいと思っている話は何度かしてたのでついに心を決めたんだなと思った。
ジョンはそれから一週間本当にたばこを吸わなかった。

ある晩、彼は「ユウお腹がすかないか?」と僕をガソリンスタンドに誘った。(向こうには夜遅くまでやってるコンビニみたいなものはない。夜中に何か買いたければガソリンスタンドの売店に行くしかない)僕もお腹がすいていたし、近くのガソリンスタンドで売ってるミートパイはおいしかったので、一緒に散歩がてらでかけることにした。
ガソリンスタンドが見えてきたころ、彼が「ユウ、俺はたばこはやめたんだ」とポツリと言った。たばこを吸いたくてしかたないんだなとわかった僕はケラケラ笑った。彼は「違うんだよユウ」と言ったが、売店の目の前まで来た頃には「ユウ、俺はたばこを買うけど吸わないよ。買うだけだ」と僕に言ってるのか自分に言ってるのかわからないことを行って結局たばこを買っていた。

帰り道、僕は買ってもらったミートパイを食べながら「吸いたかったら吸ってもいいんじゃない?」と誘い水をした。夜の住宅街は静かで街灯は遠くまでポツリポツリと道を照らしていた。何度かそんなやり取りをして、そのたびに彼は「いや、俺は買っただけだ」とか行ってたけど、最終的には封をきってしまった。笑いしながら「ユウも吸いなよ」と一本僕にもくれた。僕はその頃たばこは吸わなかったけど、そうやって罪悪感を濁そうとしてる彼がおかしくて吸い方もわからないたばこを一本もらって煙をくゆらせながら一緒に帰った。

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