〈エッセイ〉撫でたいニンゲンと撫でられたいうさぎ
我が家のうさぎの女の子、「まろん」は撫でられるのが大好きだ。
ニンゲンの姿を見つけると、ケージから飛び出し、いそいそとお気に入りの低反発シートクッションにおててをのせてスタンバイする。
「さあ、撫でてもよくってよ」とでも言いたげに、まんまるのおめめをキラキラさせてこっちを見ている。ニンゲンにそのおねだりを無視できるほどの心の強さは持ち合わせていない。かわいさの前には無力である。
「撫でてほしいの? 仕方がないなあ」
そう言いながら、腰を下ろし、頭をひと撫で。それだけでまろんの力が少し抜けるのが分かる。まろんは頭を撫でられるのが一番好き。おでこのあたりから後頭部にかけ掌を押し付けるように、少し強めに二度、三度撫でると溶けていく。伏せの状態でうっとり。目を細め、顔をゆでたお餅のようにとろけさせ、まどろむ。この状態になったら、しばらくの間は離してくれないし、離れられない。この撫でている時間がニンゲンにとっても、まろんにとっても至福のとき。
まろんの体はほんのりと温かい。
でも摩擦のせいか、撫でている個所がだんだんと熱くなっていく。おててが開き、「大丈夫? ちゃんと骨ある?」というぐらいにでろんでろんの完全な脱力状態になると、頭以外の部分を撫でても文句は言わない。ここからはニンゲンのボーナスタイム。存分に撫でさせてもらう。
個人的には耳が好き。垂れた耳を指で挟んで撫でる。この耳の感触が独特で。毛は少なめで、毛並みはちょっとしっとりとしている。犬や猫の耳も同じ感触なのかな、と思ったんだけれど、それともちょっと違う。その耳の感触をなにかに形容したいのだけれど、ほかで触ったことがない感覚なので難しい。ただ、触り心地はとてもいい。
まろんはお顔をくちゃくちゃに撫でられるのも好き。お顔の大半は毛なので優しく指を入れるとすっぽりと埋まる。指の腹の当たりで顔を挟むようにしてむにむにと揉むと気持ちよさそうにしている。
そういえば、「気持ちよさそう」って完全にニンゲン感覚なのだけれど、表情で伝わるあの感じ、なんなんだろう。
背中やおなか、お尻あたりは撫でられても撫でられなくてもどっちでもいいようで、なされるがままだ。唯一、撫でられたくないのはおてて。てろんと開いた手がかわいくてそうっと触ると、カッと目を見開き、ニンゲンの指を嚙む。急な野生の反応に毎回戸惑う。なんでそんなにおててだけ嫌がるんだ、おててにだけなんの秘密があるんだ、と気になって性懲りもなく触ろうとして毎度嚙まれる。
いつだって撫では幸せだけれど、ニンゲン的には仕事から帰ってきたときの撫でが一番染みる。手を洗い、ケージのドアを開けると撫でられポジションにダッシュ。ニンゲンも撫でたかったけど、まろんも撫でられたかったんだね、と自然と頰が緩んでしまう。相思相愛。そして撫でを求められることによって満たされる承認欲求……などと思ってしまって自分の俗物っぷりに嫌になることはある。が、撫でているときは幸せだ。
撫でているときに何を考えているかと言うと、「かわいいね」と「あと20年は生きようね」ということぐらい。
でも、ときどきこのふたつの言葉が妙に心に染みてしまう。
自分と比べてずっと頼りなく思える骨の感触に何があっても守らなければと思うし、絶対に何があったとしてもまろんにはハッピーなことしか起こってほしくない、と思う。
かつて、自分以外の生き物に対してそんなことを思ったことがあるだろうか。いや、自分に対してだってそんなことを思ったことはない。
撫でるたびに感じる温もり、呼吸、柔らかさ。
どうしたらこの感触が永遠にそばに居続けてくれるだろう、と考えずにはいられない。
傲慢なニンゲンにできることは、ごはんをあげて掃除をして撫でるだけ。それだけでこんなにも幸せにしてくれるなんて、まろんからはいろいろともらいすぎているのかもしれない。
「かわいいね。かわいいね」
そう言いながら、今日もまろんが良いと言うまで撫で続ける。