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【ダイハツ初代タントのデザインの功績】人生ゲームと乗用車

目次
人生ゲームと乗用車
初代タントの功績
初代タントはスライドドアでは無い
“柱が見えない??” 見込みデザインの心理的効果
タントデザインの功績。軽乗用車デザインとは?

人生ゲームと乗用車
 人生ゲームを楽しんだ人にはわかると思います。プレイヤーを表現する駒は、車モチーフの台座にこれまた人を簡略化したピンを差した状態でゲームが進行することを ー。 長く自動車業界にいるとこういった小さな車の表現についても目が付いてしまいます。映画なんて見ていると主人公の愛車がどうの。他には、時代錯誤するモデルがちらっと映っていたりすると何とも悶々とする気持ちが立ち込めてきます。大人なのでぐっと我慢しますがね。たいていの物語の車の扱いは現代社会を示す背景と同等。若しくは物語の時間軸をスムーズに運ぶための機動力として表現される程度で、悪目立ちしてはいけないのです。すなわち求められるのは“乗用車”としての記号性が主です。ただその乗用車を何とするかが、時代によって変化していることはご存じですか。
 つい10年ほど前はカローラが乗用車の鉄板とされていました。いや、街の感覚で言ったら、カローラっぽい普通の車。が乗用車でした。それが今やフィットっぽい小さい車や、ノアっぽいミニバンが乗用車として認知されています。車が生活に根付いて、乗用車の認識も拡大されていきました。注意すべきことは販売台数が乗用車としての認知につながるわけでなく、業務用はもっての外に、今日爆売れ中のアルファードが乗用車の記号に置き換えられるかといったらそうではありません。世間の経済状態、家族形態それに、車として過不足無い性能。そして羨望や嫉妬のバランスが絶妙なものが“乗用車”として潜在的に認知され、表面的には街の一部として、住民の視界から注視されることもなくなります。もうそれは立派な乗用車です。そうすれば人生ゲームの車は何でもない、我々の人生を運ぶ(ただの乗用)車ですね。

初代タントの功績
 ダイハツタントが属するカテゴリーは軽スーパーハイトワゴン。縦幅比はほぼ2021年現行のカローラツアラーの逆。つまりカローラをそのまま横向きして立てた場合のサイズを思い浮かべてください。縦に長いですね。伊達にスーパーハイトではありません。
 タントは大容積=業務用という印象を削いで、大容量=生活が楽になる。若しくは軽には見えない立派な存在感。といったわかりやすいメッセージで訴求。結果、今日のカテゴリー全体の盛況につながります。それはタントが、軽自動車としてのオリジナルの『乗用車デザイン』を体現できたことにあると思います。

初代タントはスライドドアでは無い
 覚えている人は少ないかもしれませんが、初代タントの4枚の乗降ドアはヒンジタイプでした。2代目以降からスライドドアが採用され、今や軽ミニバンとして昇格して立派な体躯を誇るデザインです。今回はその初代の話ですが、4枚の横開きドアや、車高に対してやや低めに太く水平に延びるベルトラインとその下に配された水平基調のライトなどの並びによって、意図的に視線を下げさせて“ゆとりある乗用車”としての性格を押し出そうとしていた様に見えます。どう見たってその様はワゴンの部類ですが、一見して認知できる記号的なワゴン車の道具感は希薄です。当時スライドドアを持つ軽自動車は商用バンの血を引くモデルしかなく、スライドドアによる商用バンとのイメージの直結を逃れるために、たとえ容積の利点を最大に活かせなくても、4枚のヒンジドアのもつ乗用車のイメージを得ることが優ったことでしょう。そういった特徴は見る人(特に車にこだわりのある人)によっては得体の知れない存在に写っていたでしょう。ただタントとしては、毅然と背が高い乗用軽自動車をデザインで表現していました。今日の成功は広大なワゴンとしてのスペースによる利便性が販売力に結びついたと思われがちですが、実は『乗用車のわりに、ワゴン並みに凄く広い』という逆説的な意識の操作がデザインで行われていました。カテゴライズ上はワゴンと括られても仕方ないですが、佇まいには既存の軽ワゴンたらしめるデザイン要素は見当たりません。独立したエンジンルーム。前後のタイヤの間に無理なく収められた乗り降りのし易そうな4枚の四角いドア。乗員をきちんと収めるべく、ドンと大きく低く、水平に伸びる長方形の体躯。それらの要素から乗用車と認知させたうえで、その広大な容積はワゴン車と同質の可能性を持っていると気付かせます。結果として日本人のお得大好き真理を突いたのではと睨んでいます。

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“柱が見えない??” 見込みデザインの心理的効果
 タントのAピラー(フロントとサイドウインドーの間の柱)はブラックアウトされています。つまり一番前の柱が黒く塗りつぶされています。詳しくは別に書きますが、ここではタントの黒い柱を『見込みデザイン』と表現します。その効果あってのタントオリジナルの“乗用車デザイン”の実現に結びついていると言えるでしょう。
 遠巻きにタント見を見た場合。その黒く存在を塗りつぶされた柱によって、フロントウインドーとサイドウインドーとの境目をあやふやに見せています。それは高い背丈に対して薄い車幅を強く印象付けないようにするためです。もちろん柱が見えないからと言って無くなったわけではありません。けれど見えないから我々は無意識に『普通にそれなりの支えがあるだろう』という“見込み判断”が下されていると思われます。誰だって柱のない車が走ってきたら度肝を抜かれます。でも誰もタントに、柱無ええ!!とは驚かないですよね。見えないけれど、それなりのものがそこにあると見込みを持って自然に『あ、タント』として平穏を保っていられるわけです。ボデーの寸法のアンバランスが一見して強調して見える様では、乗用車に相応しくない運動性能の低さを予感させて心もと無い印象になるでしょう。ある程度の頼もしさが感じられるデザインは乗用車のデザインには必要なのです。
 一方で車両に近づいた際にもその効果はあります。見込みデザインによるピラーの存在を消す事で、エンジンルームから後部座席までをまっすぐ水平に伸びた長方形のスッキリしたデザインを手に入れました。もしピラーをボデー同色にした場合、高く広大な屋根を支えられる説得力のがっしりした骨格をデザインで表現する必要があります。幅にゆとりのある普通車なら豊かな土壌に生える樹木よろしく、その役割を果たせるでしょう。けれど幅ギリギリまで広さを求めた軽自動車では、小さい鉢植えに不安定に伸びる観葉植物ごとく、見る者の不安を掻き立てるでしょう。だから、見込みデザイン。つまりAピラーのブラックアウトは必要だったのです。実際の性能は十分であっても、貧弱な印象は、リスクを伴う車そのものの価値を揺るがします。タントはそれを隠して、かつどっしりとした大きな長方形の箱を視線の下に置くことで安定感を与えています。加えて黒く隠した柱によって視線が頭上にある重そうな屋根に向かうきっかけを排しています。

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タントデザインの功績。軽乗用車デザインとは?
 軽自動車は日本独自の規格とは言え、そのデザインはやはり普通車のミニチュア感は否めませんでした。すごく乱暴に言うとフェイク。ワゴンRの功績は非常に素晴らしいですが、我々の琴線にまず触れたのは、ラフでイージーなアメリカンバンの特徴をファニーに凝縮させたような佇まい(ルーフレールがアクセントだったり、またサイドミラーをバンの様なメッキの大きいタイプにしたモデルも普通に多く存在していた)。そのボクシーな形状故の実用性の高さをわかりやすく表現しました。対して初代タントは今までの車とどれとも似ていません。だからデザイン上のヒエラルキーから外れ、道具感の薄い存在感のある軽乗用車が欲しい人や、広大なスペースは欲しいけど商用車っぽいのは嫌だといった人に素直に支持されたのではないでしょうか。当初はそのノッポな風貌や柔和な雰囲気に自動車としての疑問を呈する人もいました。新しいものの宿命です。けれどデザインの構成自体は非常に明快で、雑味がない形の部品が整然と並べられています。よく見れば角が取れた大小の長方形が一定のリズムを持って調和しているのは収まりが良く、媚の無い工業デザインとして評価されてもいいのではと思います。確かに速く走れたり、抜群の高品質を予感させたりするデザインでは無いけれど、それは軽自動車という枠に立ち帰れば俎上にもあげられません。
 広さを求めれば商用バンの血を引くワゴン、若しくは既存の車両をオマージュしたデザイン。対して、新しい軽乗用車のカタチは室内もすごく広くできているという逆の発想を具現化したタント。初代タントは日本の生活にマッチした、日本オリジナル軽乗用車デザインとして誇れる形だったのです。

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