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空虚な紙切れ

彼は歩き続ける。目先の目的地に向かって歩く。最終的な目的地などない。ただ歩き始めてしまったからには戻ることも、止まることもできやしない。 ある川に沿って、上流から海に向かって歩く。海にたどり着くことができたのなら、また目的が見つかるだろうという僅かな希望を持って、彼は今日も歩いていた。ゴツゴツとした岩を下り、もさもさと生い茂る林を抜け、比較的歩きやすい川辺まで辿り着いた。 向こう岸に小さな白い影が見えた。辺りには緑しか見当たらないので、目立って見えた。ただの花びらかなにかかと

    • 『見詰める』

      深まった夜なのか、早まった朝なのか、親しくも、親しくなくもない友人と電車に乗り込んだ。そして何ともない話を点々と続け、発車を待った。 ドアが閉まると、軋む音だけが車内に響いた。すると、友人がクスクスと笑い出した。どうやら静寂にツボったらしい。友人は、 「先生の説教とかで笑っちゃう感じ。」 と言った。合わせにいこうかとも思ったが、頭の回る時間帯でもなかったので、 「あれってずっと同じ顔を見てるから面白くなってきちゃうんだよね。なんか、顔が段々分離していくっていうか、人間の顔って

      • 僕は天才

        彼は言った。 「僕は世界で一番悲劇的かもしれない。」 「と言うと?」 「僕は生まれてこのかた、苦労したことがないんだ。もちろん、多少の難しさはあった。でも、この世界全てを恨んだり、妬んだりしたことはない。所謂、人間っぽさってやつさ。」 「なるほど。」 「でも、かといって楽観人生じゃない。ジョンみたいにカリスマ性を持ち合わせているわけでもなければ、ポールみたいに特出した才能があるわけでもない。サッカーもスタメンに入れるまで、ビジュアルだって悪くもなければ圧倒的でもない。生まれだ

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