僕は天才

彼は言った。
「僕は世界で一番悲劇的かもしれない。」
「と言うと?」
「僕は生まれてこのかた、苦労したことがないんだ。もちろん、多少の難しさはあった。でも、この世界全てを恨んだり、妬んだりしたことはない。所謂、人間っぽさってやつさ。」
「なるほど。」
「でも、かといって楽観人生じゃない。ジョンみたいにカリスマ性を持ち合わせているわけでもなければ、ポールみたいに特出した才能があるわけでもない。サッカーもスタメンに入れるまで、ビジュアルだって悪くもなければ圧倒的でもない。生まれだってごく普通だ。東京だけど区ではないし、兄弟は2人、親や家系もなにも普通だ。だからと言って何か反発を起したわけでもないし、もちろん親には感謝している。」
「それのどこが悲劇なんだ?」
「全てにおいて宙ぶらりんなんだ。どこを取っても悪くもなければ、良くもない。才能がないと言えばないし、あると言えばある。普通だと安心しようと思うと、普通にも居場所がないことを思い知らされる。」
とりあえず相槌を打ったものの、僕にはさっぱり理解できなかった。いや、理解はしているのかもしれない。文章を読み取れないほど、馬鹿ではない。ただ、なんというか入り込むことが出来ない。良さはわかるが、好みでない名盤を回している気分だ。
「この気持ちが君にもわかればなあ。」
彼は続けた。
「僕はこの二十数年生きてきて、わかったことが一つだけある。それはこの常に張り巡らされていて、かつ悲観的な思考回路は普通ではないってこと。それがどうだという話ではなくて、経験からこれは間違いないとわかった。時々出会う人たちの中で、興味深く話を聞き入る人がいた。ただ、、。」
行き詰まった様子だった。少し間を置いてから続けた。
「この思考を文字に起こして、仕事にできたらなあ。」
その口調は今までと少し違っていた。喜劇的な口調とでも言うのか。
僕は言った。
「仕事にすればいいじゃないか。君はとても興味深い。つい聞き入ってしまう。そのぐらいの才能が君にはあるように見える。」
彼は沈黙を守った。どうやら、僕は選択問題を外してしまったらしい。
その後、彼はワイングラスに入ったウイスキーを飲みながら、僕の恋愛事情を楽しく聞いていた。ふうに見えただけではなかったと思う。そのくらいは僕にもわかる。
かれこれ、彼との付き合いは高校生からになる。僕の目には彼はとても良い人生を送っているように見えている。好きな事を貫いているし、恋愛だって話を聞く限りそこそこしてきている。彼は今日のような話をしてくることがたびたびある。しかし、会うたびにしているわけでもなければ、サシでない時にはほとんどしない。
いつも決まって思うのは興味深いけど、わからないということ。選択問題の正答率は僕の高校の時の数学よりも低い。とにもかくにも、わからないのだ。僕は天才なのだから。

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