アンソロジー:あしあと
はじめに
文学フリマ東京38すずめいろどきさんの新刊。
コーヒーはいかが?とともに購入。テーマがあしあととは、自分だったらどんな物語にするだろう? と思いながら読むのもアンソロジーの醍醐味ですね!
あしあと:テーマ作品
ひだまりボンネット(夕凪塔子さま)
ある時、レイチェルは家の車のボンネットに小さなあしあとがあることに気づく。その犯人を突き止めるべく、レイチェルは車のボンネットを見張る。
やがて、その小さなあしあとの犯人を発見し、一緒に暮らすようになる。
その小さな命はやがて失われるが、その経験から、レイチェルは命の尊さを学ぶ。
なんて純粋で美しい物語なのだろう。
小さくて不思議なあしあとから繋がる、命と意思の物語だと思う。あしあとにより出会うことができて、そして先に繋がる。まるでそのあしあとが進むべき未来だったかのように。
足跡が、みえる(n.n.さま)
あしあとが見える特殊な能力を持つ少女と、語り部の少年のお話。
冒頭、少女が道を通った動物(主に犬)の種類とその時の気持ちを読み上げるそのセリフが好きだ。可愛らしい動物たちの、可愛らしい気持ちが素敵に感じる。
彼女が語る、神様のくだりも好きだ。まっさらな場所にあしあとを付けて歩いたとき、進む先にあしあとが既にあったら。それはきっと、神様だ。
そして彼女は「告白」する。死者のあしあとも見えるのだと。
強い未練のある、そのあしあとを辿って屋上へ赴く。
そして真実が明かされる。
切なくも優しい気持ちになれる物語でした。良い……。
何度か読み返して、そういえば主人公たる少年は、「」でのセリフがない。詰まり、彼は世界に対して声を上げられないのだろう。このような表現も秀逸だ。
たくさんのきゅうばん(長月琴羽さま)
たくさんのきゅうばん。あしあと。タイトルに「?」を抱きながら読み進める。
主人公たちは、大きなくぼみを発見する。「長老」によるとそれは過去生きていた生物の足跡であると云う。
主人公たちの足音は「ぺぽぺぽ」。
途中から、これは人間ではないな、現代日本の話じゃないなと思い始める。
大きなくぼみは恐竜の足跡だろうか? それとも人間が滅びた後の遠い未来の話なのだろうか?
そして、読み終えてページを捲ると、その答えが分かる。
とても、とても可愛らしい「きゅうばん」を持つ生き物がそこにいた(ビジュアル、とても好きです)。
君のあしあとを見つけて(天野すずめさま)
この物語を読み進めていて、まず、主人公たる「ボク」が何者かと思う。
自分は人だから、主人公も人だと思いながら読む。だが、近所のお婆さんから食べ物をもらったり、お財布を咥えて届けたりと、どうも人ではなさそうだ。では、犬だろうか? 途中で猫の集会の話が出てくるので、ボクは猫だと分かる。そして、物語の最後の方で黒猫だと分かる。これだけとっても、読み応えがある。
だが、このアンソロジーのテーマは「あしあと」である。ボクはある日あしあとが見えるようになる。それも、感情を色として感じるような。
日常が少し変わる。
ボクは杖を付く彼女を見つける。もしかしたらそれは白杖なのかもしれない。
そして、彼女の視点へ移る。彼は、もうこの世に居ない。詰まり、命を失った時に、あしあとが見えるようになったのだ。
ボクと彼女は種族は違えど、そこには確実に友情があったのだろう。
足跡の分類法(結城梗さま)
本作は、小説ではなく詩だと思う(文学とか詳しくなくてすみません)。
詩はその言葉が短くともテンポと文字そのもので読者を世界に誘い込む。
この作品もそうだ。
テンポの良さ。言葉の使い方。漢字を含めた文字数での表現。
読み終わった時、別世界にいたのだな、と感じさせられる。
ラクダの道中(菅江真弓さま)
江戸末期の見世物を題材にした作品。
歴史とか全く解らない自分は文調から読み取る。
見世物として日本にやってきたラクダについて、二人の男が意見を交わす。やれラクダから取れるものは全て薬になる、やれ雷除けになる、やれ夫婦円満のご利益が…。見世物の噂は広がりを見せる。
江戸時代、エンターテイメントなんて少なかっただろうから、このようにラクダ二匹が来ようものなら、何日もそれで話題になったのかもしれない。
そう考えると、やはり今はエンターテイメントが飽和しているなぁと感じる一作でした。
ラクダで会話が広がる二人、すごい。そしてそれを表現する作者様すごい。
脚本家 支倉傘子の皮算用(鳥居未由さま)
本作は、まさに「ミステリ」。
とある劇団の、とある演劇の千秋楽を讃えるパーティ。そこに、奇妙な拾得物があったという。本作には、ミステリの一つとして実際の「あしあと」が出てくるが、この拾得物それ自体が「あしあと」なのかもしれない。
それを巡って、喫茶店『榊』で二人の紳士が会話劇を繰り広げる。
拾得物を置いたのは誰か、その中身が入れ替わっている…? 入れ替えたのは誰か。
多くの登場人物は居ないのに、様々な思惑が交差し、絡まる。
短編ながら非常に読み応えのある一作でした。
一人の人間にとっては遠すぎる一歩(五三一〇さま)
「月面にあなたの足跡を残せます」。そんな怪しい写真店のサービスに出会した青年たちの話。それにノリノリになる友人真氏。
真は主人公「ぼく」が止めるのもきかず、その怪しいサービスを利用し、足跡を購入する。特殊な技術で月面に足跡を残し、その写真を手に入れるが、ぼくは半信半疑、いや、ほぼ信じていなかったのではないだろうか。
そして、人類、しかも日本人が月面着陸する機会が訪れる。真の残した足跡の座標位置は分かっている。SNSでバズったこともあって、宇宙飛行士は公募されたぼくの希望を知っている。
そして、その時がやってきたーーのに! まさかの足跡の上書き。
さらには写真店も閉店していたという。
宇宙飛行士と写真店はグルだったのか? たった10万程度だが、多くの人に詐欺を働いていたのだろうか? 確かに、店主は宇宙関係の機関とコネクションがあるようなことを匂わせていた。
だが、もう後の祭り。ぼくには何もできないのだった…。無念さと、大学生の無鉄砲さが合わさった秀逸な作品でした。
消えないあしあと(木村縦雄さま)
この作品で云うあしあととは、自分が今まで生きていた痕跡や形跡のような気がした。
彼は会社を辞め、会社を辞めるために自分の痕跡をできる限り消去する。だが、そのあしあとは全ては消えない。なぜなら、痕跡たる情報は引き継がれるのだから。
そして彼は居住も移すらしい。荷物を運び去り、清掃をしても、やはり自分の痕跡は残る。
ああ、そう云う物語かと思うが、後半に一気に状況が変わる。
IPアドレスが枯渇するように、社内のIDが枯渇したため、彼の情報は物理削除された。そして、彼の住居もおそらく、天変地異により削除された。
消えないあしあとが、消えたのだ。
彼はそれを知ってどこかへ去ったのか。
消えないものがあると云うこと。そしてそれが物理的に消えること。考えさせられる一作。
足跡の読書案内(n.n.さま)
「あしあと」が関連する本の紹介。
私は、自分が読むジャンルであればミステリやホラーが好きだ。
この読書案内にも、ミステリとホラーが紹介されている。創元推理文庫はよく読んでいるし、三津田さんは名前は見るが、手を出していない作家さんだ。これを機に手に取ってみようと思う。
テーマ外作品
AIの文書作成能力(菅江真弓さま)
アンソロジー「コーヒーはいかが?」に続き、AIを利用した文書作成に試みた話。何某かの文学賞を取った人がAIに書かせていたとかなんとか話題になった記憶もあるが、真実なのか。
私も、たまにAIさんとネタ出しをしているが、創作大賞2024に応募した作品のトリックを相談したが、奇抜すぎてAIさんとは話にならなかった。
本作は、プロンプトに入力した文字、生成された文書、そして作者様の考えが記載されている。
何にせよ、私はAIはあくまでも道具だと思っているので、要は使いようなのだと思う(多分、作者さまの考えとそう遠くないと思う)。
さいごに
今回も、様々なあしあとの物語に触れることができた。
似たような発想、でも全く違うテイストになっていたりと、コーヒーはいかが? とはまた違うアンソロジーの良さが出ていた一冊だった。
「何のあしあとか」で発想が全く変わるのも楽しかった。
自分が思い出に残るあしあとは何だろうと考えると、真っ白な雪の中、最初に自分が付けるあしあとが印象深い。
自分の住んでいた地域はあまり雪が降らないところだったので、小さい頃は雪が降ったら犬かと思うくらいはしゃいでいた。懐かしい。
真っ白な雪の中、やはり最初の一歩はとても嬉しいものだ。ただのあしあとなのに、なんであんなに嬉しいんだろうか。
そんな思い出も思い出させてもらいました。楽しかったです!