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『コード・オリヅル~超常現象スパイ組織で楽しいバイト生活!』第二話「『色』を見る少年と、『色』を撃つ少年(2)」

 人生何度目かの、空を飛ぶ感覚。

 これが遊園地やスポーツだったらどんなに楽しいだろう。
 でもこれはリアル。訓練ですらない。落ちたら死ぬ。

 あ、俺このまま死ぬんかな……。

 今まで何度も死にかけたけど。ここは日本じゃなく中東のどっかで、「爆弾魔ボマー」がボムボムっと爆破を続けてて。俺はその衝撃をまともに食らって――

甲斐かい、いい加減目を開けろ」

 風圧で開けづらい目を、ようやく開けた。
 顔面に大きな風を感じる。四肢が思うように動かない。

 って、まだ空飛んでるっ!

 俺がスコープなどを入れてるウェストポーチのベルト部分を、まるでパラシュート用ハーネスのようにつかみあげ、折賀おりがが空を飛んでいる。
 正確には、ダイナミックな跳躍を何度も繰り返している。

「だあああぁっ!?」

 まるでジェットコースターのように上昇・落下・上昇・落下。

 折賀の能力で、投げるように体を空高く跳躍させ、重力に任せて落下、地面すれすれで再度跳躍。それを何度も繰り返す。

 怒涛どとうの勢いですべる視界の中に緑色が混ざり、あの山間《やまあい》の上空を跳んでいるのだとようやく理解する。

 そのうちに土色の地面が眼前に迫り、足先からふわっと華麗に着地――したのは折賀だけで、俺はポイッと投げ出されて数メートルをゴロゴロ転がった。

「ふぐぅ……お前、今のぜってーわざとだろ!」

 今度はコートの襟首をつかまれ、一本の木の上までズイッと引き上げられた。
 そのまま太い枝の上にポンッと置かれる。こいつ、どこまで俺を子犬扱いすれば。

「あの中に『番犬ガード』が見えるか」

 ずれたゴーグルを外し、ウェストポーチから双眼鏡型スコープを取り出して、折賀の示す方を見る。

 距離は、ここからおよそ四百二十メートル。
 木々と建物の隙間に、大勢の人間が行き交うのが見える。
 狭い通り沿いに小さな商店が乱立し、容易には通り抜けられないほどの密集地帯になっている、と折賀が言う。

「『番犬ガード』の『色』はただでさえ見えにくいんだぞ。ありんこみたいにウジャウジャ動いてるやつらの中から、どう捜せと」

「じきにイスラム教の礼拝が始まる。大勢が同じ動きをするから、そのとき動きに加わらずに走り回ってる不審者を捜せばいい」

 礼拝に参加するふりをして追跡を逃れるほどの知能は、「番犬ガード」にはないらしい。

 しばらく待つと、折賀の言うとおり「礼拝サラート礼拝サラート」と知らせる放送が流れだした。あちこちのスピーカーから聞こえるので、けっこううるさい。

 群衆がよく見える位置まで少しずつ移動し、ある三階建てアパートの屋上から眼下をのぞき込んで、イスラム教徒とそうでない人間との動きの違いを観察する。

 ――いた。

 息を乱すこともなく、ただひたすら走り続けるひとりの小柄な男。
『色』は「番犬ガード」特有の、透明に近い色。

  ◇ ◇ ◇

番犬ガード」とは、今回の「能力者A・ホルダー売買取引」を企てた敵組織に属する、兵隊たちの呼称だ。全員が洗脳され、自我を取り除かれた状態で前線に送り込まれている。
 やつら自身は「能力者A・ホルダー」ではないが、戦闘にけた者がほとんどだ。作戦遂行能力も備わっているため、今回のように現場での取引任務に駆り出されている。肝心の敵組織の人間は、別の場所から付近一帯を監視しているのだろう。

 やっかいなのは、「番犬ガード」に自我がないということは感情の『色』も希薄だということ。つまり、俺の目には見えづらい。高性能な双眼鏡型スコープを通して、やっとギリギリ拾える薄さ。
 それを人混みだらけの町中で拾えという折賀の要求が、かなりの無茶ぶりだということは理解してほしい。

 今、俺たちがアパートの屋上から見下ろしている町中の往来を、ひとりの「番犬ガード」が人混みをかき分けながらひた走っている。

「折賀の狙撃」と「警察の突入」を許した「番犬ガード」たちのボスが、次に指示するのは何か。金になる「爆弾魔ボマー」はそう簡単には手放さないはず。
 あの現場へ戻るのか。何か兵器でも持っていく気だろうか。

「また撃つのか?」

「いや、人混みが邪魔だ。直接蹴る」

 折賀はそう言うなり、ひらりと屋上から身をひるがえして落下、着地。
 周囲が驚くのもかまわず、群衆の間をするりと縫うように走り抜ける。また俺のこと置いていきやがった。

 スコープをのぞくと、ちょうど少し開けた場所に折賀やつの姿を確認。

 難なく追いついた折賀が小男を空中へ蹴り上げ、落ちてきたところをアッパーで殴り、再び飛んで落下してきた首根っこをガシッと捕まえて、そのまま往来を引きずっていくところだった。生きてりゃいいけど。

 また折賀から通信が入った。

『これで「番犬ガード」は全員捕らえた。今度こそ「爆弾魔ターゲット」捕獲に行くぞ。降りてこい』

 俺は山地の方角に首を巡らせた。
 あの、濛々もうもうと砂煙あげてる、山間の取引現場に戻れと。

「あんなとこ戻ったら俺の人生が吹っ飛ぶわ」

美弥みやの豚骨ラーメン』

 その一言で、俺もアパートのベランダをつたい、ズルズルと地上へ降りてった。

 不審げに俺を見る人々と、そのへんの道端で一心不乱に礼拝を続ける人々。
 武装勢力が幅をきかせる物騒なこの国も、この時間ばかりは大勢の人間が聖地メッカに目を向け、立ったり座ったりの同じ動きを繰り返す。

 ダミ声のおっさんが奏でる音楽めいた聖典コーランが、遠方から流れる白い煙に交じって空気に溶けていった。

 ◇ ◇ ◇

 無線を駆使して、俺たちはもうひとりの「オリヅル」メンバー、世衣せいさんと合流した。

 俺たちより十くらい年上の世衣さんは、いつもは気さくな雰囲気で話しかけてくれる「親しみやすいお姉さん」なんだけど、さすがに今は厳しい表情のままそっけなく合図を送ってきた。

 俺たちが離れてたちょっとの間にも、ずっと「爆弾魔ボマー」のそばにいたからだろうか。全身がすすけて真っ黒だ。ベストのベルトの一部が切れてしまっている。

 俺と折賀は素速く彼女のそばへ滑り込んだ。その辺の壁に身をひそめながら、折賀が素早く質問を投げる。

爆弾魔やつの様子は」

「さすがに電池切れ起こしたらしくてね。あっちでボロボロに行き倒れてるよ」

 M9(拳銃)を構えながら「爆弾魔ボマー」を凝視する彼女の姿には、一分のすきもない。
 その辺の草地でぐでーっと倒れている「爆弾魔ボマー」は、間違いなく「要注意工作対象ターゲット・イン・ブラックリスト」なのだ。

 事前のブリーフィングによると、「爆弾魔ボマー」の名前はテオバルド・ベルマン。
 ドイツ・ブレーメン州出身、居酒屋バールのマスター、三十八歳。

 ほんの三日前。客のひとりにイラついたとたん、いきなり自分の店を爆破してしまった。命からがら逃げだし、自分の車へ向かったところ、その車まで爆破してしまった。

 典型的な「突発性超常能力発現者」ってやつだ。かなり気の毒。

「オリヅル」に協力しているハッカーのひとりが彼の存在を感知し、現地支局員が捕獲に向かったが、すでに敵組織に捕らわれてしまったあとだった。

「その敵組織が、中東武装勢力にテオバルドさんを売りつけようとしている」との情報を得られたのは、「オリヅル」が日ごろ張り巡らせている膨大な情報網のたまものだ。

 世衣さんによると、ついさっきの取引現場への突入で、現地警察官が三人負傷したらしい。今は七人が周囲に散開し、警戒を続けている。

 発見済みの「番犬ガード」は殲滅せんめつできたものの、肝心の敵組織のメンバーはまだ特定できていない。意外と近くに隠れている可能性もある。
 特に、俺たちがよく知っている敵組織の「幹部」は、『絶対にこの場へ出現させてはならない存在』なのだ。

「捕獲が失敗した理由は」

 端的たんてきに問う折賀に、世衣さんは声をひそめて答えた。

「たぶん、警察の中に裏切者ラットがいる」

「やっぱりな」

 車に暗幕が張ってあったのも、警察の同行が強制だったのも、世衣さんが拳銃一丁しか持てないのも、すべて現地警察がこの作戦に対して出してきた「条件」だった。
 最終的に、「『爆弾魔ボマー』は『オリヅルこっち』に渡すが、『番犬ガード』はすべて警察が確保する」ことで上層部うえが合意したらしい。

 ここまできて、やっぱり「爆弾魔ボマー」が惜しくなったのか。
 背後に国家の思惑などが絡んでいるのも、なんとなく想像がつく。

「甲斐くん、きみだったら誰がラットか一発でわかるでしょ」

「えーと、たぶんあの人と、あの人です」

 俺は、目立たないように二人の警察官に親指を向けた。

 二人とも、SWAT並みにヘルメットや分厚いベスト・弾帯に身を包み、HK-MP5(短機関銃)を構えている。
 ひとりは表情こそ精悍せいかんだが、その『色』は大きな不安にかられ、並の少女より頼りないほどだ。
 もうひとりも、表面上あくまでも「無心」を貫こうとしているが、体内をかなり濁った『色』が渦巻いているのがわかる。

「なるほど。片っぽは隊長だ。うまく隠したもんだね」

 有能な諜報工作員である世衣さんにも、すぐにはわからなかったらしい。
 こんなとき、俺の能力が役に立ったようで、ちょっと嬉しくなる。

「一緒にいた中東支局の人たち、みんな『爆弾魔ボマー』に恐れをなして基地まで下がっちゃったんだよ。この捕獲、どうやら私たち三人でやるしかないようだね」

 彼女の言葉に、俺と折賀は無言でうなずいた。

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