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【エッセイ】 田んぼでダーツ

 投げ植えというやり方があると物の本で知ったのは、初めて田んぼの二枚ほどを手植えし、これをあと何枚するかと思い始めた頃だった。

 田植え機という文明の利器が広がって、手植えは機械の入らない狭い田か、その植え損ねの補植という、それくらいしかないのであって、四角い木の定規を使い、手植えをしようという人は、遊びか、余程の変わり者である。

 その遊びで米を作る者、機械がないという事情はあれど、二枚も植えれば這々ほうほうてい、何とか方法は無いものかと、探して知ったものである。

 投げ植えというのは言葉の通り、あぜからぽいぽい苗を投げ、適当に植えるというもので、日も暮れかけた最後の田、苗もジャポニカ米でなく、ジャスミン米であったため、これは良しとばかりに、投げ植え大会の始まり始まり、まるでダーツを楽しむように、なんとか苗を投げ終わり、投擲者の自己満足、見た目は手植えと変わらぬと、ほくほくしながらその日は帰る。

 すると翌日、地元の農家の通りかかって、こりゃ投げ植えをしただろうと苦笑い、分かりますかと問い返せば、何と以前にこの集落、不精者の人があり、機械の整備もしなければ、田植えの時期に動かずに、どこで聞いたか発明したか、この投げ植えをしたという。

 これが初と思いきや、偉大な先人がいたもので、投げ植えをしたジャスミン米、紆余曲折もありながら、見事美味しい米になったというのは別の話、田舎は嫌な人が多いと言うが、ここは何と懐深い集落か、良い居場所を見つけたものだと、またまた自己満足に浸るのだった。

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