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短編小説 『乗り物のりんご』

 馬と牛なんて可愛くない。おじいちゃんもおばあちゃんも、可愛いほうがいいに決まってるよ、ねえ、ミコもそう思うでしょ——そう娘が主張をし、まだまだ赤ん坊のミコも「あーうー」とそれに同意したので、我が家の仏壇にはりんごのウサギが並ぶ危機に見舞われたのだった。

 都会はどうするのか知らないけれど、田舎のお盆はちょっとした行事で、迎え火も焚けば送り火も焚く。当然、キュウリの馬とナスの牛も用意して、「どうぞ早くいらっしゃってください、それからゆっくりお帰りください」とご先祖様にお祈りする。

 娘のユイも、小さい頃からそのお手伝いをしてくれていた。私が小さく折ってやった割り箸で、馬と牛の足を作るのは、幼いユイの仕事だった。それが今年は馬と牛なんて作りたくない。だって可愛くないんだものと言いだしたのだ。

 来年はもう小学生だものね——私は苦笑いで大人びた顔をするユイを見た。親から見ればまだまだ子供でも、ユイは立派なお姉さん気分であるらしい。保育園でも、年少さんの面倒をよく見てくれています、なんて連絡帳に書かれている。1年前、ミコという妹が生まれたことも、きっと成長の大きなきっかけになったのだろう。ミコがぐずると、「みーちゃんはおやつが欲しいんじゃない?」「抱っこしてあげたらいいんじゃない?」「きっとこのおもちゃが欲しいんだよ」と、一人前の助言をしてくれる。それがミコだけに飽き足らず、お盆の馬と牛にまで及ぶようになるとは——私はうーんと腕組みをした。

 正直、りんごのウサギは供えたくない。なぜ、と聞かれても困るが、そういう風習はないのだし、だからだろう、違和感がすごい。それに現実的なことを言えば、キュウリやナスは皮のままだけれど、りんごのウサギは皮が剥かれた状態だ。そのまま放置すると茶色くなるし、虫が来そうで嫌でもある。

「うん、確かにりんごのウサギは可愛いよね」

 自分の気持ちはひた隠し、私は「お姉ちゃん」の気持ちを傷つけないように、軽く言った。

「でも、うさぎは小さいから、おじいちゃんおばあちゃんは乗れないんじゃないかなあ」

 まずは外堀から埋める作戦だ。しかし、ユイはそんなことでは納得しない。

「大丈夫だよ。キュウリの馬だって、ナスの牛だって乗れるんだから」

 確かに。しかし、まだ手はある。私は大げさに首を傾げ、考え込むふりをする。

「でも、ウサギはぴょんぴょん跳ぶから、乗り心地が悪いんじゃない?」

「あのねえ、お母さん。おじいちゃんたちはもうお化けなんだから大丈夫に決まってるでしょ」

 そういうものなのか。いやいや、こんなことで納得していたら、ユイの言う通り、りんごのウサギを用意する羽目になってしまう。私は一計を案じ、ここは折れたふりをした。

「そうかあ。でも、うちにりんご、あったかなあ? ユイ、見てきてくれる?」

「はーい!」

 目を輝かせ、ユイが冷蔵庫のドアを開ける。

「あった、りんご! 1個だけあったよ!」

「よかったねえ、じゃありんごのウサギを作ろうか」

「うん!」

 ユイが元気よく返事をし、ミコが真似して後に続く。私は包丁でりんごのウサギを作り始めた。わくわく顔でユイが覗く。それを尻目に、私はりんごを皮付きのまま8等分し、種を取り、ウサギの耳になる部分を残して皮を剥く。そして、仕上げに残った皮を三角に切り取って、りんごのウサギのできあがり。

「はい、1個できたよ」

 そう言って2人の前に用意した皿に置く。続いて、2つ目。それから3つ目。

「まーまー」

 すると、ミコがその一つに手を伸ばした。

「あっ、だめだよ。これはおじいちゃんたちのりんごなんだから」

「やー」

 しかし、言うことを聞くミコではない。

「まだあるから大丈夫だよ」

 そこで私がなだめてやると、今度はユイがもじもじとりんごを見た。

「あたしも1個、食べていい?」

「いいよ、まだあるからね」

 私は内心の笑いを堪えた。私の作戦はまさにこれだった。現在、3時のおやつ時。りんごを剥けば、2人は我慢できずに食べるだろう。そうしてすっかり食べてしまった後、「なくなっちゃったから、お仏壇にはまた今度ね。それにお盆の乗り物はもうあるんだから、りんごはユイとミコが食べてくれたほうが、おじいちゃんたちも嬉しかったと思うよ」などと言っておけば、ユイも諦めがつくだろう、そう思ったのだ。

 果たして、ユイとミコは可愛くておいしいりんごのウサギを一つ残らず平らげてしまった。

「あれ…」

 食べ終わり、はっとするユイ。その驚きが悲しみに変わる前にと、私はここで例の台詞を言おうとした。しかし、そのときだった。

「お母さん、りんご食べちゃったから、もう1個買いに行こう!」

「ええ?」

 ユイの台詞に先を越され、私は思わず声を上げた。食べてしまえば終わりだと思っていたのに、まさか買いに行くだなんて。いままでは「お家にないからおしまいね」で済んでいたのに、それで納得していたのに。

 いつのまにこんなことを思いつくようになったのかしら——私は脱力半分、感心半分で、ユイの顔をまじまじと見つめた。そして「ユイって、お姉ちゃんになったよね」、しみじみとそう言うと、ユイは何言ってるのというような、例の大人びた顔をして、「ほら早く」と玄関で手招きするのだった。

『乗り物のりんご 完』

読んでいただき、ありがとうございました🙏
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