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【随筆/まくらのそうし】 象虫

 家を建ててしばらくは、こつん、と時折、何か固い小さなものが、板の間に落ちる音がしたのだった。

 それが、大きなゾウムシだった。

 自分の山の木を切って、それを柱やらにしたために、その木の中にいたものが、こつんこつんと落下したのだ。

 まさか自分の育った場所が、梁や柱だったとは。落ちる地面が、まさか板の間だったとは。

 その灰色の甲虫が、成虫になるまでどれだけあるのか、産み付けられた小さな卵はどれくらいで孵るのか、ゾウムシの暮らしは知らないが、その後、数年の時間を掛け、こつんこつんと、ゾウムシは落ちた。

 そして、最後のこつんを聞いて、それを外に放ったのが二年前。

 梁や柱の中のものは、すべて成虫になったのか、それとも未だ後進は潜んでいるのか。

 人のいない、しんとした午後に思い出す、夏のひととき。

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