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【随筆/まくらのそうし】 でんとん

 山暮らしを始めた頃、でんとん、と名付けた幼虫がいる。

 大雑把に言えばイモムシの類いで、けれどその顔だけは黒く、頭には触覚のような、ツノのようなものが二本生えている様子は、それはそれは愛らしく、草の上で休んでいるのを、一目で気に入ったのだった。

 その日、初めて見たもので、これは是非、我が庭で育って欲しいと持ち帰り、同じような草に乗せ、縁側から眺めていたが、直後に悲劇は起こってしまった。

 余所へ連れられ、方向感覚を失ったのか、でんとんはよちよちと縁側へ近づき、いつのまにやら、庭用サンダルの内側へと、潜り込んでしまったのだ。

 そして、私は洗濯物を干すため、サンダルを履いた。

 成虫となれば、でんとんは、黒かそれとも灰茶色の地味な蝶になったらしい。

 その蝶の姿を見ないのは、罰か、それとも私の罪の意識がそうさせるのか、いずれにせよ、でんとんとの記憶は、青い空の彼方にある。

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