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シャワーホースの美しいカビ

 苔が美しいというのは、日本文化に基づいた感覚であり、所変われば、苔は手入れの行き届いていない証拠、ただの汚れという、正反対の感覚を持つ人々がいるわけで、人の信じる価値とは、そういう意味では下らない、軽いようなものである。

 とはいえ、こちらも人であり、意思の疎通ができるというのも、人と人ならでは、美しい、汚いという感覚も、人が感じることであって、人に近しく害するもの、これに人は良いという価値を付けはしない。

 それが例えば、カビである。

 カビというのは人を害し、直接でなくとも、食べ物を害し、住む家を害し、風呂を害し、というわけで、好む人はいないものだ。

 しかし、このカビ、害がないものと思えば、なかなかに美しく、ふわふわと毛足の長い青カビや、薄紅色に広がるカビ、白く、綿毛のようなカビと、形も色も様々なもの、くしゃみが出ると分かっていながら、楽しまずにはいられない。

 そんなカビの中でも、これまでで一番美しいと感じたものは、夏の間、家を空けた結果の風呂場のシャワー、その白いホースに浮き出たカビ、これがマジックペンで描いたのかと思うほど、真っ黒な迷彩柄、するとホースは南国の蛇のよう、細い体をくねらせて、いまにも窓から逃げていきそうで、その後、漂白してしまったが、そうすることも惜しいほど、あれは美しいカビの一つであった。

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