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スカイとマルコ(16)・ちょっとづつ

ケイタ君は、朝、犬舎の清掃を終え、事務所に戻って、パソコンを開いた。
「あ、今日もちゃんと着てる。」

メールは月子さんからで、熊子を引き取った後、毎日、熊子の様子を報告してくれていた。
犬を初めて飼う人には、ケイタ君は自分のメールアドレスを渡し、最初は1週間に一度は様子を知らせて欲しいと伝えていた。
しかし、熊子に関しては、ケイタ君が通常以上に心配しているのを感じ取ったのか、月子さんは毎日、端的に熊子との生活の様子を知らせてくれていた。

1日目、熊子が新しいベッドに大喜びし、早速、振り回し、穴を開けたこと。
ご飯は完食し、うんちも良好で、わざわざ、アップ写真が添付してあった。

2日目、朝の散歩で、また、突然、引っ張られ、転ばされたこと。でも、散歩後は、満足気に穴の空いたベッドで大人しく寝てくれたお陰で、リモートワークも支障がなかったこと。

3日目、アパートの廊下を通る足音に反応して、吠えるので、初めて、「ストップ。」「やめなさい」と叱ったら、逆ギレして、さらに吠えまくられたこと。仕方ないから、吠え治るのを待って、追い出されたら困ることを真剣に伝えた所、神妙な顔で聞いていたとの事。

散歩の様子を写真に撮ろうとしたのだろうが、写っているのは、後ろ脚や、お尻の一部と尻尾ばかり。それで、どれぐらい振り回されているかが分かった。だけど、「大変だ。」「困った。」「想像していたのと違う。」と言う言葉は一言もなく、淡々とした報告だけが続いていた。

「覚悟は持っている、か。」

確かに、動物を育てる、飼うって、好きとかより、そっちの方が重要かもな。好きって、一番大事な条件だと思っていたけど、実は、相手次第で、嫌いになるってことでもあるもんな。人間同士だって、好きで付き合っても、大嫌いになって別れるって普通にあるしなぁ。
柏木月子さん、変わった人だけど、やっぱり、悪い人じゃなかったな。いや、悪いどころか、本当は誰よりも人間が出来ているのかもしれないな。

ケイタ君は、一度大きく背伸びをして、パソコンを閉じた。

月子さんからの報告メールが、1週間を終えた時点で、ケイタ君は返信を書いた。
”順調に距離を縮めているのを感じ、嬉しく思っています。毎日、報告するのも大変でしょうから、次は2週間後で大丈夫ですよ。もちろん、何か、トラブルや困ったことがあれば、いつでも連絡を下さい。”と。

数時間後、月子さんから返事が届いた。

”了解しました。それでは、2週間後にまた報告します。
それから、1週間、一緒に過ごし、漸く、熊子の新しい名前を決めました。熊子も悪い名前ではないと思いますが、もう、熊っぽくないこともあり、別の名前の方が良いように感じた次第です。新しい名前は、空(ソラ)です。青空のような瞳からつけました。よろしくお願いします。”




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