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「ショートストーリー」:空の森⑦

平穏な日々というものは、必ず破られるものだ。
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それがいつくるか、いつくるか、とビクビク過ごしている人などほぼいないだろう。僕もその多数派に属していたというわけだ。

「あのさ、無数(かずなし)、私、どうやら妊娠したみたい。」

英語だと、Out of blue、日本語だと晴天の霹靂、全く違う人種から発生した言語なのに、その言葉が生まれた発想は似てるなぁ、なんて、全く違うことを思い浮かべる僕の脳は、どうやら、現実逃避をしているらしい。

「え、妊娠?」
「うん、妊娠。赤ちゃんが出来たってこと。」

いや、そんな言葉の意味を説明して欲しいんじゃなくって、もっと説明してくれないと困ることがあるでしょう。

僕は混乱していた。
今朝もいつもと何の変わりもなく始まり、午前中は家で集中して仕事をし、午後は早めに切り上げ、セントラルパークに走りに行き、帰りにスーパーで買い物をして戻ってきたら、素良がトイレに入っていた。今日は遅番シフトだと記憶していたけど、違ったのかな、と思っていたら、トイレから素良が出てきて、手に何やら持っていて、それを見ながら、いきなり僕に、「妊娠したみたい。」伝えたのだ。これに衝撃を受けない人間がどれほどいるだろう。

「妊娠検査薬の精度ってどれぐらいかしらね。やっぱり、はっきりさせる為に早めに病院に行った方がいいわよね。」

僕の混乱など全く気にしている様子のない素良を見ていると、僕の方がおかしいのかな、という気持ちさえ湧いてくる。

「ねぇ、素良、ちょっとプライベートなこと聞いて良い?」
何とか冷静さを保って切り出した。

「もちろん。私と無数の間に聞いちゃいけないことは何もないわよ。偶に、私の場合、嘘ついたり、誤魔化したりすることはあっても、ちゃんと答えるわ。」

この露悪的さはいつもの素良だ。でも、今日は正直をモットーに答えて欲しい。僕は逆に、叫び出したいという正直さを押し殺し、聞きたくない話を聞く勇気を持とう。

「素良、これは重大なことだよ。ちゃんと話して欲しい。僕たちはパートナーというか、家族というか、兎に角、ただの同居人同士じゃないよね。」

「うん。」

観念した様に素良が頷く。

そして、素良が話し始めた。どういう経緯で妊娠に至ったのか。

それは、同じアセクシャルというセクシャリティでも、アロマンティックで女性という肉体を持つ素良と、他人との肉体的接触を苦手とし、男性の肉体を持つ僕とでは、交わることのない、深い深い隔たりを思い知らされた。

世界で一番の理解者同士だと思っていた。

だけど、今、目の前にいる素良が世界で一番遠くに感じる。




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