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ターニングポイント(小説)

 ある日。悟は、ぼんやりと世界遺産を眺めながら、歩いていた。
 ふと気づくと、猫がいる。悟は、何の気なしに猫を撫で始めた。
「人懐っこい猫だなー……」
 そうぼやきながら立ち上がると、目の前にニコニコと悟を見る男がいた。
 どうやら海外から旅行に来た様子だが、それにしても、荷物が少ない。
「Are you on a trip?」
 合っているかわからない英語で、おそるおそる聞いてみる悟。
「Yes! How about you?」
 そこから、悟はスマートフォンで意味を調べつつ、わかる範囲の英語で彼と会話をし、SNSのアカウントを教え合った。
 彼は、初めての外国籍の知人ができたことにドキドキしつつ、一緒に世界遺産を巡り、自身が知っている小話を教えた。
「アリガト!」
「You're welcome」
 悟は、その男と別れ、帰宅しようと歩き出す。
 のんびりゆっくり、今日の出来事を噛み締める。ふと、悟は思い出す。小学生の頃の夢を。
 通訳ガイドに憧れた日々を。翻訳者に憧れた日々を。
「今日したことは、通訳ガイドみたいな感じだったな……」
 悟にとって、とても楽しい時間だった。
 悟は、なんとなく本屋へと向かった。語学の棚へとまっすぐ向かう。
「今からでも間に合うだろうか……?」
 35才の自分に問いかける。
「今が一番若いもんな」
 彼は、自身にそう言い聞かせ、一冊の本を手にレジへと向かう。
 その姿は、男とおどおど話していた時とは違い、どこか自信の滲み出ている背中だった。

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