
ミリオンセラーを阻む3つの呪い
いまもミリオンセラーは多くの書籍編集者の夢。「どうすればその夢を叶えることができますか?」というご質問を、著者や編集者から幾度となく受けてきた。
言うまでもなく、本の良し悪しは部数で決まるものではないし、少部数であっても素晴らしい本はたくさんある。
みんなそんなことは当然わかりながら、それでも100万部の夢を追いかけて本を書いたり作ったりしている人は多い。
ぼくが代表をしているサンマーク出版は、これまでにミリオンセラーを8冊出していて、そのチャレンジスピリットを忘れないために、オフィスの真ん中に部数の大きい順に飾ってある。

ぼく個人も幸運なことに3冊のミリオンセラー を手掛けていて、代表になったいまも、2016年の『ベターッと開脚』(100万部)、2018年の『ゼロトレ』(89万部)以来のメガヒットを生み出したいと思っている。
「まだ本つくるの?」と言われることもあるけど、あきらめの悪い性格なのだと思う。
ミリオンセラーになる必要十分条件
以前、出版業界のヒットメーカーたちは「ミリオンセラーになりうるジャンルがある」とよく言っていた。
お金
健康
ダイエット
美容
心理
コミュニケーション
語学
日本語
絵本
など、多くの人が関心あるであろうマーケットを狙うことが、大きなヒットを生む「必要条件」だと考えられていた。その中で一番の本を作ることこそが、編集者の腕の見せ所だと。
ところが、「いま」はその考え方でミリオンセラーを生み出すのは難しいと感じてる。「本のかわり」がいくらでもあるからだ。
本は祭りの道具⁉︎
この10年で「本のかわり」は山ほど増えた。たとえば、ぼくが多く関わってきた「エクササイズ」という分野ひとつとっても、以前は本とDVDくらいしか学べる教材はなかったが、YouTubeによって流れは一気に変わった。
YouTubeに丁寧なトレーニング動画がたくさんアップされ、その中からインフルエンサーが生まれた。視聴者は無料でそれを見ながら体を動かす。トレーナーがプロなのかアマなのかの区別がつきにくいが、もはやそれは問題ではなくなった。
やがてYouTubeだけを主戦場にするのは危険だと察したトレーナーたちは、Twitterに4分割の横長動画をアップしたり、インスタに縦長のリール動画をアップしたりして、それぞれの媒体の方法論、文脈、属性にあった動画や写真で勝負をし始めた。さらにTikTokが台頭して、そこにYouTubeがショートで対抗しはじめる。
コンテンツの歴史は、ロングゲームからショートゲームに移行する歴史だ。
もはやスマホをひらけばあちこちのアプリでエクササイズを無料で見られるのだから、「ダイエットや健康のためにどんな運動しようかな?」と考えたときに、本はファーストチョイスになりようがない。
さらに、本の執筆を依頼する側の出版社は、その状況を踏まえて「著者のフォロワー数(チャンネル登録者数)」を重視しはじめた。すでにファンがいる人の本を出そう、と考えるのは経営的には正しい。その結果エクササイズ本の多くは、
「お祭りの道具」
になっていった。ファンの多い著者たちにとっては、たまに出す「本」という物質は、キャンペーンの道具に最適だし、フォロワーを盛り上げる武器になりうる。出版社からすれば最低部数が読みやすいわけだから、まさにウィンウィンの関係になる。
仮に「ダイエットしよう」という人がいたとして、その人が参考にするのは
・YouTube
・Instagram
・Twitter
・知り合い
・オンラインサロン
・ジム
・テレビ
・自己流
・サプリメント
などあって、ようやく
・本
になる。一方、現役世代はどんどんテレビを見なくなっていったので、番組で本が紹介されても昔のようには跳ねない。新聞広告は昔のように効かない。
そう考えると、「ミリオンセラーが出やすいジャンル」だからと言って、ミリオンセラーになる可能性が低いのは当然のことだ。
ぼくたちは考え方を変えないといけない。
まずは感情を書き出してみる
ひとつのジャンルにこだわっても、その中に占める「本のシェア」が少ないのだからメガヒットにはなりにくい。それならば、ジャンルから発想することをやめ、あることにフォーカスする。
感情だ。
悩みでも、不満でもなく、感情。たとえば、ぼくは会社の代表になって以来、それぞれの部署の「リーダーが育つといいなあ」という気持ちがずっと心の中にある。リーダーが育たない「悩み」ではなく、リーダーがいない「不満」でもなく、そうなったらいいなあという希望的な感情だ。
心の中を一定量支配しているのは感情であって、ロジカルなものじゃない。自分自身の感情だからこそ素直だし、嘘がない。そこで、これを書き出してみる。
「リーダーが育つといいなあ」
そのうえで、自分がどうしてその感情をずっと持っているのか考えてみる。
リーダーには部下や後輩たちがいる。リーダーがその人たちを「やる気」にさせて引っ張っていってくれれば、みんなハッピーになる。そこで、次に、頭に浮かんだ素直な疑問を書き出してみる。
「どうすれば部下はやる気になるのだろう?」
たぶん、これは多くの経営者や管理職の人たちが日頃感じていることのはずだ。そこで、これを「本のテーマにする」と決めたとする。
「ジャンル横断型」に変える
なんだか、やけに普通のことを言うなあ、と思われたかもしれない。ただ、テーマをこれに決めたからと言って、
『部下のやる気を育てる新リーダーシップ』
なんていう本はつくらない。「ビジネスリーダーシップ」というひとつのジャンルにとどめてしまうと、お客さんが少なくなるからだ。
ここから、どれだけ水平展開できるかを考える。今回の例で言うと、重要なことは、
「人をやる気にさせる」
ということ。そこで「誰が、誰を、やる気にさせたいだろうか⁉︎」と考え、書き出してみる。
◎部長や課長が、部下を
◎部下が、保身ばかりしてる上司を
◎親が、勉強しない子供を
◎学校の先生が、生徒を
◎塾の先生が、生徒を
◎水泳のコーチが、才能あるのに手を抜く生徒を
◎息子が、寝そべってばかりいる母親を
◎娘が、禁煙に一向に成功しない父親を
◎彼女が、ろくに働こうとしない彼氏を
◎飼い主が、散歩を嫌がる犬を
などなど、考えていけばいくらでもある。これらは本のジャンルで細かく見ていくと、「ビジネス」「教育」「スポーツ」「習慣」「お金」「犬の飼い方」になっていくわけだけれど、あえてそれらのジャンルにはセグメントしない。みんなの、
「あの人にやる気を出してほしい」
という感情を、まとめて解決するような本をつくることで、対象になるお客さんの数は何倍にも膨れ上がっていく。
ここを企画の出発点にすることが、ミリオンセラーに近づく大切なポイントのように思う。
ミリオンセラーを阻む3つの呪い
ところが、こういう「ジャンル横断型」の企画を進めていくときには、それを阻む3つの呪いがある。企画会議を思い浮かべながら書いてみる。
呪い❶ どこの棚に置かれるの?
編集者がこのような企画を出すと、会議出席者たちは若干不安になるものだ。なぜなら、「マトが絞られていない印象」を受けるからだ。そこで、営業担当からこんな質問が飛んでくる。
「書店のどの棚に置いてもらえばいいんだろう?」
わかります。営業担当の気持ちはごもっとも。新刊発売時は新刊棚に置かれるから良いとして、その後「どの棚(ジャンル)に帰っていくの?」ということを書店担当であれば気にするのは当然のことだ。売り場がイメージできない本は売りにくいのだから。
そんなときどうするか。自信満々にこう言ってみる。
「この本は発売してからずっと売れ続けるので、しばらく話題書に残り続けるはずだし、ランキングの棚にも入りまくります。ベストセラーになっちゃえば、その後もそんなに悪い扱いにならないと思うんですよ」
たぶん、ポカンとされると思うのだけど、そこまで自信があるなら「やってみなはれ」となる可能性が高いし、もしも売れなくて棚がふわふわした状態になったとしても営業担当から「だから言わんこっちゃない」と言われる程度ですむはずだ。
ここで死守しないとならないのは、ミリオンセラーを狙うために「ジャンルを横断させる」ということ。
呪い❷ フォロワーは何人いるの?
会議の出席者がこの質問をしたくなる気持ちもわかる。どのジャンルかわかりにくいとなると、最低限の「担保」は著者のSNSの強さになる。10万フォロワーいるなら、そのうちの1%が買ってくれたとして...みたいな計算がみんなの頭の中ではじまる。
でも、この企画は著者のフォロワー数をアテにしたものではない。もっとスケール大きく構えていないといけない。以下のような意見が必ずでるが、
「まずは著者のファンに買ってもらって、そのあと、その外側にどの程度広がるかだねえ」
こういう下心でつくった本が、外側に広がったためしがない。なので、ここでも堂々と、こう言い放ちたい。
「そんな小さなスケールで考えてないんで」
呪い❸ ペルソナは誰?
じつは、これが企画者本人をもっとも呪いにかけている気がする。「ペルソナ」とはその本を買ってくれるたったひとりの人物像。もちろん本によっては明確なひとりがいたほうがいいし、誰に向けて原稿を書くのかはとても大切になる。
ただ、今回はミリオンセラーを狙っている企画。これを思い出してみる。
◎部長や課長が、部下を
◎部下が、保身ばかりしてる上司を
◎親が、勉強しない子供を
◎学校の先生が、生徒を
◎塾の先生が、生徒を
◎水泳のコーチが、才能あるのに手を抜く生徒を
◎息子が、寝そべってばかりいる母親を
◎娘が、禁煙に一向に成功しない父親を
◎彼女が、ろくに働こうとしない彼氏を
◎飼い主が、散歩を嫌がる犬を
普段どおりに誰かひとりに向けて書いてしまうと、ほかの対象者たちに「関係ない本」になってしまう。
ぼくはこういう企画を考えるときには、すくなくとも7人の読者をイメージして、全員に関係あるように原稿を精査していく。これによって、
エピソード
言葉づかい
伝え方
ものの名称
時代感
などすべてに配慮する必要がでてくる。
もしも企画会議で読者が曖昧だと指摘されたら、想定する7人を書き出し、こう伝えるといいように思う。
「生き方も職業も性別も年齢も異なるこの7人を、 同時に幸せにする本です」
ここまで長々と書いてきたけれど、書くはやすし、実現するのは茨の道です。
でも、無闇に山を登りはじめるよりは、ぼくなりのルートのほんの一部でも伝えることができたら、参考にしてくださる著者や編集者の方々がいるかもしれないと思って書きました。
ぼくも、まだまだ挑戦します。