夢の在り処1(掌握小説)
ざわざわざわざわざわ
私はこれからどうしたらいいんだろう
どこに向かえばいいのだろう
ざわざわざわざわざわ
周囲の人々の動きが私の心の疑問をさらに煽るかのように、周囲の騒音が激しく感じられた。
誰も私のことなんか気にはしていないはずなのに、とても目が鋭くこちらを見ているような気がする。
行き交う人々にぶつからないように間を縫いながら、私は新幹線の改札口を目指した。
新大阪駅、新幹線改札口と書かれた看板の下には普通の改札口と変わらない仕様の改札が並んでいる。
混雑を緩和するためであろうか。入り組んだ迷路のような駅の構内の中でこの改札を見つけるのはかなり苦労した。
東京は東京で新宿や渋谷など人が多いところは入り組んだ駅の構造をしているけれど、この新大阪駅はまた独特の大きい駅だ。
私はやっと改札口にたどり着いた安堵に浸るのもほどほどにして改札をくぐるべく足を踏み出す。
最初は高速バスで大阪まで来たので、新幹線に一人で乗るのは今回が初めてだ。
チケットを確認した後、私は横の事務所にいる駅員にチケットを見せる。
普通の新幹線だとちゃんと改札で入れるのかもしれないが、この「ぷらっとこだま」という新幹線のチケットはどうも改札には通らなさそうだったので駅員にチケットを見せることにした。
「どうぞ、お通りください!」
改札に荷物が突っかからないように気をつけながら駅員の女性の誘導に応えて改札を通過する。
通りすがりに見る制服に身なりを包んだその女性は強く凛々しく見えた。
かっこいい。女性として私はあの女の人に憧れた。
しかし、私がもし、あの立場だったらあんなふうにかっこよく対応できるだろうか。
つい私は、彼女と自分を比較してしまう。
あんなふうに将来、私は仕事をしているのだろうか。
少なくともあのお姉さんのように立派な仕事をしてかっこよく生きているとは到底、思えなかった。
ぼんやりとモヤのように思考にこびりついた焦げを払うかのように私は軽く頭を振った。
改札口を抜けると大きな通りの脇にはたくさんの階段が両脇に伸びており、各ホームへと繋がっているようだ。
その中で一時間に一本という「ぷらっとこだま」が停車しているホームはすぐに見つかった。
着替えや日用品を少し入れた大きめのキャリーバックを手に持ってエスカレーターに乗った。
キャリーバックがバランスを崩して落ちないよう気をつけながらその場にしがみつくようにエスカレーターが私をホームへ上げるのを待った。
エスカレーターは私をホームへ自動で連れ去ってくれる。
少し怖いけれど、だんだんと持ち上げられていく感覚が意外にも好きだった。
ホームにあがると、もうすでに両脇には新幹線が待機していた。
どちらが乗るべき新幹線かはホームに設置されている電光掲示板で判断できた。
私はすぐ近くに入れそうな乗降口を見つけるとその中へキャリーバックと共に滑り込んだ。
延々と続く座席。
スーツに身を包んだ男性たちや、白い帽子がお似合いの黒いワンピースを着た女性、私のキャリーバックよりも二回りも大きい鞄を持って窮屈そうに乗り込む外国人……様々な人がいる。
私はそんな人間観察をさりげなく行いながら、丁寧に座席番号を確認して歩いていった。
三号車、座席番号は四―C。
あった。
後方から入って行くと三号車の中の左前にその席はあった。
どうやらここのようだ。
室内にある号車番号と席の上につけられた番号をもう一度、確認して私は窓側へ座った。
窓からは外の景色は見えない。
ここからだとちょうど帰る時に富士山は見えるかな。
テレビで見た綺麗な車窓を思い浮かべながらそうだといいなと私は想像する。
今は、代わりに車内の光に反射してぼんやりと私の顔が映り込むだけだ。
細い顔に日本人っぽいそれなりの鼻、少し目立つまつげが眼の具合を申し訳なさ程度に強調している。
薄い眉毛に長い髪……どれをとっても平凡というカテゴリーの中から抜け出すことのできないのが私という存在だ。
唯一特徴的といえば、誰も気づかないような顎の下にちっちゃな黒子が二つばかりあるというくらい。
周囲の女の子は泣き黒子があったり、口元に黒子があったりともっと可愛らしいところにあるのに私だけ空気の読んでいない場所に黒子がある。
「こんなのなんの役に立つんだろう」
気づいたらそんなことを呟いていた。
あっと少し呟いてしまった自分にびっくりして口を押さえながら周囲を見渡す。
幸いにも私の周囲にはまだ乗客は乗っていないらしい。
新大阪から乗る人って案外少ないのかな。
よくよく考えてみると今はまだ九時前の日曜日。
あまり人は乗ってこないのかもしれない。
そうこうしているうちに車内アナウンスが流れた。
いよいよ新大阪を出発するらしい。
新幹線の乗降口が閉まる音が車内まで響くと、電車は滑り出すように停車していたホームから前進し始めた。
好きなアーティストの曲にあった歌詞みたいに電車に乗ると自分は止まったままなのに、景色はどんどん動いて行って可笑しい。
そんなことを思っていると、前の扉が開いて、かなり顔の赤いおじさんが入ってきた。
手にはどうやら缶ビールを持っているようだ。
麒麟の文字と絵柄が私にだけ気づいて欲しそうにおじさんの手からこっちをチラ見した。
リングプルの蓋は思い切り開栓してある。
出発したばかりなのに、中身はもうほとんどなさそうだ。
その人は私のさらに二つほど奥の席まで行くと私の反対の座席の窓側にドカっと腰を下ろして一息ついたようだ。
おじさんはブツブツと文句を言って時々叫んでいた。
そんな彼が呟くたわ言を私は背中腰につまらないラジオ放送でも聞いているかのような気持ちで耳を澄ませていた。
会社だろうか、同僚だろうか。
悪口のような言葉のようなうめき声やら悪態しかこの電波には乗って来ない。
こんなラジオを聞くのなら電波の乱れた雑音を聞いた方がまだ心安らかに眠れるのかもしれない。
それくらいにあのおじさんの言葉は私にとって耳障りだった。
私もいつか大人になったらこんな風に愚痴を言って誰かのせいにしたくなるのだろうか。
もしもそうだとたら今の私には社会に出て大人の皮を被るということはとても窮屈な気がした。
いつの間にかおじさんの愚痴は聞こえてこない。きっとそのまま寝てしまったのだろう。
私も少し朝が早かったので目を閉じて座席に背中を預ける。
あのおじさんのように、父さんも母さんもお姉ちゃんもその中を生きている。
ふと一週間前に母さんとした喧嘩を思い出す。
<夢の在り処2へ続く>
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