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夢の在り処2(掌握小説)

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 私が大阪に来た理由。
 それは大阪に住む五歳年上のお姉ちゃんの元へ泊まりに行くことだった。
 その発端は、その一週間前に母さんと喧嘩したことに遡る。

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 その日、お風呂上がりの私は寝巻きに身を包み、髪を乾かした後に、喉が渇いたので台所から麦茶を拝借した。
 今は春休み。担任教師から受験はこの一年で決まるという言葉で焚きつけられ、勉強を始めるも、全くもってその目標が見えずにいた。
 とりあえず今日も塾で勉強をしていたけれども、途中から塾を抜け出して近くのファミレスで友達と話していた。
 彼らも私と同じようにこの受験戦争の開戦をどうもまだ理解できていないらしかった。
 そんな一日を過ごし、私はどこか焦燥感と、どうにかなるだろうという楽観視した気持ちの入り混じった感情を持て余していた。
 居間では、母さんはテレビをつけてニュース番組を見ている。
 私はキッチンに近くテレビも見える場所に立って麦茶を飲んでいた。
 座るのも面倒だし、早々と飲んで部屋に引きこもるつもりだ。
 母さんが真剣な眼差しで見るニュースを私も麦茶を飲みながらどうでもいいと思いながら眺めていた。
 私にとってそのニュースは、外国と日本に関する自分たちのことのようで自分とは全く関係がない遠い世界のことを物語っているようなもので、妙に感情移入ができなかったからだ。だから昔からニュース番組や新聞などの記事はどうも嫌いだ。
 ぼんやりテレビを眺めている私に、母さんは突然、テレビの電源を切って、私の方を向くとこう言った。
 「そういえば、そろそろもうあなたも、今年は大学受験ね。ところで、もう受けたい大学とかあなたから話があってもいい頃だと思うけれど、どうなの?」
 唐突にその話題を切り出されて私は固まってしまった。
 考えていないわけではなかった。だが、同時に考えたくもなかったのかもしれない。
 高校生の二年間、平凡に勉強をしてきたし、部活もテニスをそれなりに頑張ってきたけれど、私はテニス部の中で少し浮いた存在だった。真面目にやる後輩たちにとって私のような先輩はきっと目の上のたんこぶだろう。
 事実、今日だって塾という理由で練習をサボった。
 何かを頑張れば、何かにたどり着けるとそうどこかで信じていたけれど、なんでも上を目指すにはそれだけの熱量と努力が必要だ。けれども私には全くもってそれがない。みんなの中には血が流れているけれども、私の血管には、まるでぬるま湯が流れているみたいに中途半端だ。
 いざ蓋を開けてみると私には何もないことに気づいていた。
 その証拠に今日のファミレス談義がそれを物語っていた。
 三日前についにホームルームで進路希望調査が配布されたが、私にとってそれは世界情勢や日本で問題になっている問題くらいに悩ましいもので見ないふりをしていたのだ。
 当然、母さんにもまだ渡していない。だからこそ不意を突かれたその言葉に私は返す言葉が見当たらなかった。
 私は一体、何になりたいのだろう。
 どこへ向かいたいのだろう。
 私は母さんからの問いに答えることができず、ただこう返した。
 「わからない」
 私が話した言葉は母さんにとっては予想外の言葉だったのかもしれない。
 「わからないってことはないでしょう?お姉ちゃんはあなたの頃には何になりたいか決めていたわよ?」
 確かに私のお姉ちゃんは明確にどこに行きたいかを決めていた。
 そして経済学部に入り、今は銀行員として大阪の街で働いている。
 そんな優秀なお姉ちゃんは私のお姉ちゃんなのに、まるで血の繋がっていない姉妹なのではないかと錯覚するほどに彼女は私の中で秀才という言葉そのものだった。
 「お姉ちゃんはお姉ちゃんじゃん。私は私だよ」
 つい、お姉ちゃんと比較されたことで口を尖らせた。
 決まって母さんにこんな言葉をぶつけても喧嘩になるのは目に見えているのに。
 いつまでも子供から抜け出せないそんな自分が嫌だった。
 「それはわかってる。でも、あなただってじゃあ何かあるじゃない?」
 母さんの口ぶりはいつもこうだ。
 わかってる。
 あなたのためみたいなそんなふうに。
 そんなふうに言ってくれるけれども、結局は良き母さんを演じたいあなたのエゴなんじゃないだろうか。
 そうふと思い、イライラする時がたくさんある。
 そう思ってしまう私の心の汚さにも私は私自身を苛つかせる。
 「知らない!!黙って!!私はどうせお姉ちゃんと違うし、出来損ないだよ!!」
 「誰もそんなこと言ってないじゃない!」
 「言ってる!!」
 私はさらに感情的になり、母さんと喧嘩腰になっていた。
 居間に、ピリピリとした空気が張り詰める。
 答えの見えない話し合いをしていることより辛いものはない。
 世の中の人はこういう時、どんな対処をするんだろう。
 私はこの時、ようやくさっきのニュースに出てくる数ある政治家か何かの気持ちを察するに至る。
 そしてふと転がり出たアイデアがあった。
 「そんなに理想ならお姉ちゃんと話をするよ。そうすれば文句ないでしょ?」
 解決の見えない言葉の紛争に、私は一旦、停戦を申し出るべくお姉ちゃんの家に行くことを進言した。
 母さんもここは私と言い争っても意味はないと思ったらしい。
 私の顔を見ることに飽きたのか何も映らないテレビの方を見つめていた。
 ぼんやりと母さんの顔は見えるが、どういう表情をしているのかはわからない。
 「そう。あなたがそういうならお姉ちゃんと相談しなさい。私からお姉ちゃんにはあなたが週末に行くって言っておくから。あなたも準備しておきなさい。じゃあ、私は明日、仕事だから先に寝るよ」
 そういうなり、母さんはさっさと寝室の方へ向かっていき、ガチャっと扉が閉められた。
 母さんも母さんで昔から喧嘩というものが苦手なのだ。いつも私たちお姉ちゃん妹と気まずい空気になると自分から身を引いて居なくなってしまう。
 残された私は手に持ったガラスのコップを力強く握った。
 なんだよ、その言い方。母さんの気を知りつつも、私はその態度や言葉にいつもイライラしてしまう。
 できるならコップを床に叩きつけて粉々に砕きたいくらいだった。
 私は部屋に戻ると、このイライラした気持ちを鎮めるべく、早々に布団に入り、私は眠りについた。

<夢の在り処3へ続く>


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