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大人になりきれない大人たち


大人とは一体、何を以ってしてそういうのか?

日々、仕事の中でそんなことを考えることがよくあります。

僕の職場では、アルバイトとして学生がおり、大学や専門学校などでもないのに、20歳前後の学生と接する機会があります。また、学生ではなくても、高校卒業と同時に社会人として活躍する人も別の部署ではお会いします。

その子たちと一緒に仕事をしてみて、つまり自分が今の職場に入社して、半年以上が経過しようとしています。

最初の頃は、大人びて見えて、正直、本音を言うと、僕は結構、ドジっ子なので、自分よりしっかりしてる!?みたいなことを思ったこともしばしばです。

しかし、実際に一緒に仕事をしてみると、仕事に対する価値観や自分でただ不満に思ったことだけをぶつけてくる自己中心的な主張など、若者らしい一面ではありますが、まだまだ子供なんだなと感じる場面があります。

しかし、そう思った自分は果たして大人なのか。

彼らが子供だからといって説教できるほど、自分はできた大人なのか。

そんなことを考えてしまいます。

少しばかり彼らよりは社会を経験して苦い体験もしているからこそ、彼らに言えることもありますが、かといって僕の考えが大人な考えだとは言えないからこそはっきりということもできません。

両親には今でも文句を言いますが、人を育てるとか何か手本を示すような行動を起こすということはかなり難しいことだなと感じます。

では、周囲の人たちはみんな大人なのだろうか。

そんなことを今度は考えました。

そしてふと周りを見渡してみると、子供の頃に憧れた大人と言える大人はほんの一握り、いるかいないかだなということも気付かされます。

変なところで子供っぽい意地を張る人

自分のことは自分で棚にあげたりかんだりいう人

などなど

会社という組織に働かされ、毎日、愚痴を言ったり、あいつはダメだとか他人を否定したり、比較したり……幅広い価値観を持っている人がいるからこそ人間関係がとても難しくなるのだと、社会に出て最初に思い知らされたことですね。

自分が夢見て、いつか歳を取ったらなれるんだと思っていた大人は実際は、空想の存在だったのかもしれません。言うなれば僕の理想そのものだったと。

では、最初に大人になるとはどういうことなのか?

その答えを僕なりに考えました。

それは、

自己の言い分を押し付けず、自分のやれること、やりたいことに責任を持って取り組める人

また子供達や後輩、これからの人たちにとってより良いものはなんなのか?何を自分は伝えたいのか?残せるのか?を考えられる人

そういったことを考えるのが「大人の役割」であり、「ちゃんとした大人」なのではないかと考えます。

そう考えると僕はまだ、大人になりきれているのかと問われれば、道半ばかなというのが自分の評価です。

けれども、子供の頃、学生の頃の自分と違うことがあります。

それは、ぼんやりとこう生きていけば報われるなんてことはないのだということを知ったこと。

そして、自分の足でなんかこれが面白そうだということを最近は、見つけていることです。

僕は子供の頃や、学生の頃は、かなり周囲の目を気にしていたし、実際のところ、今でもその個性というか考えはしっかり自分の中で根付いています。

けれども、最近は、自分のできることをやるってスタンスを大事にしています。そうすることで自分の行動にもなんとなく自信を持てるようになったのも事実です。

昔は、「こんな自分なんか……」なんて思っていたけれども、今はなんとなく「こんな自分も悪くない」って思えています。

世の中にはきっと僕みたいにまだ道半ばか迷っている大人や、完全に子どもがただ身体だけ成長しちゃったような子ども大人がたくさんいます。

大人になりきれない大人たち。

でもちゃんと自分と未来を守りたいポリシーを取り戻せば、きっと世の中はもっといい方向に向かうのかな?なんて考えています。

そんなことを考えられる自分は、昔に比べたら

「それなりには大人になったものだ」

と思います。

これからも自分の目指す大人になれるよう頑張っていきたいです。

またほかの人たちが思う大人ってどんなのがあるのでしょうか?ぜひよければ聞かせて欲しいです。

それでは、ここまで読んでもらい、ありがとうございます。


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